第1036号『映画「テルマ・アンド・ルイーズ」を観た』

週末、横浜伊勢佐木町にあるシネマリンで映画『テルマ・アンド・ルイーズ4K版』(1991年度製作の作品であるが、当時のフィルムを4Kという解像度を上げた映像処理をして上映)を観た。リドリー・スコットは、僕の好きな監督10傑に入る監督である。これまでの作品の数々が凄まじい。ほんの数本並べる。『ブラック・レイン』『ブレードランナー』『グラディエーター』『エイリアン』そして『テルマ・アンド・ルイーズ』。興行的に成功しているだけではなく、エポックメイキングな作品を数多く手がけた監督でもある。今作『テルマ・アンド・ルイーズ』は、性的被害、男女間の格差という問題や、友情か愛情かで議論が巻き起こったラストシーンなど、公開から30年以上経った今も全く色褪せておらず、まさしく時代の変革を予感させる映画だった。

物語は、夫にすべて支配されているような世間知らずな主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)と、ダイナーでウェイトレスをしている姉さん気質のルイーズ(スーザン・サランドン)が週末のドライブ旅行に出発した。その途中、食事に立ち寄った店の駐車場でテルマが男に襲われレイプされそうになった寸前、助けに入ったルイーズが護身用の拳銃で男を射殺。かつてルイーズは、レイプの被害を受けたトラウマがあった。しかし、これだけに留まらず旅の途中、次から次へとトラブルが重なり、遂に警察に指名手配され、2人は車でメキシコを目指し逃避行を続ける。こうして旅を続けるうちに、彼女たちは自分らしく生きることに目覚めていく、そして・・・。

旅を続けるなかで、テルマとルイーズの心の変化、そして、ふたりの連帯が生まれてくる、‟女性版アメリカン・ニューシネマ“と評されたリドリー・スコット監督最高のロードムービーとなった。この映画が公開された時、僕は渋谷の東横劇場で観た。鑑賞後、1969年製作ジョージ・ロイ・ヒル監督の傑作作品『明日に向かって撃て!』と相似形の映画だと感じた。西部開拓も一段落し、新たな時代が始まろうとしていたころ、家畜を盗み、銀行強盗を繰り返すなど、アウトローの二人組、ブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)の映画のラストシーンが重なった。余談だが、現在若手映画人の登竜門の一つ、サンダンス映画祭の名前の由来はここから来たものである。

さて、『テルマ・アンド・ルイーズ』の脚本を書いた カーリー・クーリは当初女優としてキャリアをスタートした。その時代の体験を基に、本作の構想が生まれたと語っている。曰く、「ハリウッド映画において女性が一般的に得ることができる役は、信じられないくらいステレオタイプ的なものだと感じた」と言い、さらに「女性の受動的な役柄にはうんざりしていた」のであり、とりわけ、その状況のひとつの証左となるのが、女性たちが主体的に車を運転することもなければ、二人組(バディ)になることもなく、絶えず男の好みに従順で、言い分を受け入れるような役割でしかなかったと言う。だから、この作品では66年型のフォード・サンダーバード・コンバーチブルといいうマッチョな車を乗り回し、タバコを吸い、酒を飲み、銃を撃ち、アウトローとしての振る舞いを通して(男=抑圧から)開放されていく様を描いている。

今作品は、性暴力を犯罪とは捉えず、通常より少し荒々しい(男の言い分として、結果として女性も同意の上の)性行為にすぎない。だから、大目に見られ、免罪されると考える男権主義的な「レイプカルチャー」をテーマにしている。

2024年の現状を眺めてみれば、男権主義は根絶したどころか、いまだに目を覆うばかりの惨状である。例えば、松本人志氏の文春報道事件、麻生太郎元首相が男尊女卑的な失言、自民党青年局の若手議員らによる"ハレンチ懇親会"騒動、自民党杉田水脈議員の人権を踏みにじる発言(女性側からの発言であり、一層質の悪いレイプである)、元TBS記者山口敬之による伊藤詩織さんレイプ事件、最近では六本木ヒルズ森タワーにオフィスを構える「TMI総合法律事務所」に勤務するエリート弁護士が東京都中央区役所の政策企画課主任の役人と共謀し、合コンで知り合った女性をマンションに連れ込み、陵辱した事件など、クラクラとめまいを感じるような惨状である。30数年の時を経て、本質的になにかが変化したのだろうか?

本作品は1992年第64回アカデミー賞で、監督賞、主演女優賞(スーザン・サランドン、ジーナ・ディヴィス共に)など6部門にノミネートされカーリー・クーリが脚本賞を受賞した。2016年には半永久に保存する価値のある作品が選ばれるアメリカ国立フィルム登録簿にも登録。同年の第69回カンヌ国際映画祭では、公開から25年を記念した上映が行われ映画界のすべての女性に光を当てて、男女間の不平等や女性の地位向上を目指すプログラムである「ウーマン・イン・モーション」賞が贈られるなど、フェミニズムの観点からも記念碑的作品として支持を集め続けている。観てほしいマスターピースの1本である。

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