第525号『神は細部に宿る』

【およぐ錦鯉】
【およぐ錦鯉】

夏にロックは似合った。
1968年高校2年の夏、弘前のダンスホール(ディスコでもクラブでもない)で流れい
たローリング・ストーンズの”Paint It, Black”「黒くぬれ」。
1970年大学1年の夏、美術学校の同級生K君のアパートで聴いたビートルズの「アビイ
・ロード」”Abbey Road”。

若者特有の妄想だったのだろう、世界はもうすぐ終焉を迎えるだろうと思いながら、
音の中に身を置いていた。
しかし、茹だるような暑さは一向に収まらず、ただ何処か違う場所に逃れたいと考え
ていた。

K君が言った。
明日、実家に遊びにこないか?
聞けば、東京青梅市、御岳渓谷近くだという。
涼しげなその響きに、一も二もなく同意した。

こうして翌日、K君の実家では、母上と父上が迎えてくれた。
一人息子ということもあってか、なかなかの歓待ぶりだった。

夕食を終え、父上がアトリエに招いてくれた。
そう、父上の職業は、日本画の画家として生業をたてているプロの絵描きだった。
アトリエに飾られた、描きかけの作品群を眺めがら話を伺った。

日本画壇の巨匠、川合玉堂師門下生として住込み入門。
始めの数年は絵筆を持つこともなく、来る日も来る日も庭の掃除と雑用係が続いたという。
一体、いつになったら画法が学べるのだろう。
悶々とした日々が続いた。

ある日、玉堂師が庭で葉を一葉拾い、しげしげと眺めながら問うた。
この葉の四季の色合いの変化を言ってみなさいと。
さすがに、3年以上も庭掃除をしていたので事細かに、スラスラと答えることが出来た。
日本画の修行は、小さな庭という世界の四季の中で繰り広げられる山川草木、花鳥風月を
細部にわたり知ることから始まるのだ。

師はその答えを聞いて、画室に入ることを許した。
そして翌日から、筆を持ち技術の習得が始まったという。

1970年夏、東京落合、K君の下宿で茹だるような暑さの中、僕は世界の終わりを願った。
しかし、青梅御岳渓谷、彼の父上のアトリエで極小にこそ宇宙の成り立ちがあることを
知り、もう一度この目で世界を確かめてみたいと思った。

お知らせを1つ。

倅、川村元気の小説「世界から猫が消えたなら」がNHK-FMでラジオドラマ化。
来週、20日土曜日、NHK-FMで7月20日午後10時~午後10時55分放送。

[映画.com ニュースから]

東宝の川村元気プロデューサーが初めて手がけた小説「世界から猫が消えたなら」がNHK-FM
でラジオドラマ化されることになり、俳優の妻夫木聡が主演を務めることが決まった。

妻夫木が演じるのは、地方都市で郵便配達員として働く30歳の僕と、全く同じ容姿をもつ悪魔。
ラジオドラマ初挑戦で、いきなり1人2役となるが「声と音だけで物語の世界を表現するという
ことは、面白そうだなと思いました」と意欲満々だ。
さらに、「長く続いている伝統ある番組なので、どこまで出来るか分かりませんが、聞いても
らう方にも、原作の良さをなくさないよう作品の情景が浮かぶように表現できたらと思います」
とコメントを寄せている。

「電車男」「告白」「悪人」などのプロデュースで知られる川村氏は、作家デビュー作となる
同名作を2012年に発表。
13年本屋大賞では、8位に選出された話題作だ。
ネコと暮らす“僕”は、ある日突然に余命宣告され、絶望的な気分で帰宅すると自分と全く同じ
姿をした男が待っていた。
その男の正体は悪魔で、「世界から何か1つ消すごとに、あなたの命を1日延ばしてあげましょ
う」という奇妙な取引を持ちかけられる。

NHKの倉崎憲ディレクターは、原作を読んだときから映像よりもラジオ向きだと感じたそうで
「読み終えた瞬間、主人公の“僕”役には妻夫木聡さんが真っ先に頭に浮かびました。
映画でもテレビドラマでもCMでも舞台でも出来ないことを、妻夫木さんとやってみたいと思い
ました」とキャスティングにいたった経緯を説明している。

なお、ヒロインには貫地谷しほりが扮する。
音楽は世武裕子、脚色は原田裕文が担当する。
「世界から猫が消えたなら」は、NHK-FMで7月20日午後10時~午後10時55分放送。

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