今月4日、歌舞伎座で「勧進帳」を観た。
高校生の時、父と行ったことがあるがほとんど記憶に無い。
切っ掛けは、友人でクライアントでもあるKご夫妻との会食の席で誘われ、興味が湧いた。
席は、最前列ほぼ中央。
役者の微細な表情は勿論のこと、吐息まで聞こえてくる距離である。
K夫妻の計らいに感謝し、席に着く。
最初の演目「将軍江戸を去る」が終わり休憩を挟んで、「勧進帳」に移った。
弁慶を仁左衛門、義経を玉三郎、富樫を勘三郎が演ずる。
役者の所作、化粧(隈取り)、衣装の色と柄の組み合わせ、長唄囃子の音、舞台美術など、すべてが新鮮で映画や、演劇とは一味も二味も違う世界を楽しんだ。
弁慶と富樫の丁々発止の掛け合い、その後に続く弁慶の舞い。
6時48分。
まさしく、この弁慶の舞が始まってすぐ、事件が起きた。
一瞬、席から腰が浮く。
次の瞬間、グラリと館内が大きく揺れ、客席から驚きの声があがった。
地震だ。
最前列にいた僕は、後ろを振りかることも出来ず、舞台で舞う仁左衛門を見続けた。
彼は動揺していないか、舞を止めてしまうのではないか、動いている仁左衛門は気が付かないとしても、富樫の勘三郎や長唄囃子連中は驚いて席を立つのではないかと、ドキドキしハラハラしながら目を凝らした。
仁左衛門は力強く緊張感溢れる舞を続け、勘三郎は微動だもせず、長唄囃子連中は何事も無いかのように唄い続けている。
その時、舞台という空間は、数百年前、関所を通るために、弁慶と義経が役人富樫と遣り取りをしている時空にタイムスリップしているかのようにも思えた。
地震にも動じない彼らの姿に、改めて感服した。
今年、歌舞伎座は120周年。
多くの優れた先達が築いてきた歴史がこの聖地を支えている。
そして、僕はこの小さな事件を通して、プロ魂と伝統を継承する彼らの覚悟を、垣間みることができたような気がした。