【塾生と。上段左端、甲斐代表】
前号につづき、日本マーケティング塾甲斐代表との対談である。
●「なんとなくいいね」を生み出す秘訣
川村:ファンサイトの取り組みで興味を持っていただけたのはどんなところでしたか?
甲斐:一貫した“お客様視点”です。企業にとってサイトはお客様との接点として、なくてはならない窓口の一つですが、まだまだ企業目線で作られたサイトが多くて、その役割を果たせていないものが大半だと感じていました。
川村:たしかに、相も変わらず一方的に企業が伝えたいメッセージばかりを掲載して、本来大事にしないといけないお客様の気持ちをないがしろにしてしまっているサイトが少なくないのも事実です。
甲斐:例えば、ネット通販を提供している会社であれば、商品を販売する通販サイトと、自社紹介をする企業サイトの2つを展開している場合があります。しかし、この2つのサイトがうまくリンクしていないために、せっかくお客様が会社について知りたいと興味を持ったとしても、企業サイトにたどり着けないケースが非常に多い。
川村:そうしたサイトは商品の説明に終始していて、お客様から見れば押しつけがましく、面白みもありませんね。
甲斐:その点、販売活動の中でつい忘れがちなお客様の気持ちを最優先し、ユーザーが今何を望んでいるのかをしっかりと捉え続けるファンサイトの姿勢は、企業サイトや通販サイトを包括する、企業姿勢の源になるものではないかと思うんです。
川村:サイトは企業姿勢を伝えるツールでもありますからね。
甲斐:それに、企業にとってファンサイトづくりは、自社を知る術になるものでもあります。意外と社員も自身が属する企業について理解していなかった、なんてことは往々にしてあるもの。企業サイトのIR情報や沿革、事業内容をわかりやすくサイトの中で可視化していくことは、自社の強みや課題の分析にも役立つはずです。
川村:それはまさにファンサイトをつくるメリットの一つでもあって、企業の理念を社員一人ひとりにまで浸透させる役割も果たします。だから、お客様にも誇りを持って自社の商品の価値をお伝えできる。
甲斐:なによりファンサイトづくりって、基本的にたくさんの気づきがあるから理屈抜きで面白いんですよ。
川村:セミナーの中でも最も盛り上がる授業の一つが、実際に塾生にファンサイトづくりをしてもらう時間だったと評価していたき、率直に嬉しかったです。
甲斐:異業種の5名がチームになって、メンバーの内から一人を選び、テーマを設けてその企業のファンサイトを制作するのですが、いろんな声が飛び交うわけです。「あなたの企業のルールに意味はあるの?」「なぜ商品の並びをこうしないといけないの?」と、社内にいると見えない疑問や課題が次々と見えてくる。そうした作業を進めていると、どんどんシンプルでわかりやすいものになっていくので、その過程がまた楽しい。
川村:作り手が楽しんでいると、間違いなくユーザーにもその気分が伝わりますからね。甲斐社長の言葉を借りると、これがお客様の「なんとなくいいね」を生み出す秘訣ではないかと思います。
●ファンという新たな顧客を生むために
甲斐:私の経験で言わせてもらうと、サイトを運営しているとお客様との接触機会や広告効果を重視するようになって、コンテンツのクリック数やお知らせメールの反応といった数値に目が向きがちになるという問題があります。
川村:そうした状況が続けば、お客様との本来的な結びつきをないがしろにしてしまい、気づけば企業目線で情報を発信するようになってしまうのが何より怖い。
甲斐:私はファンサイトというのは、ある意味でアナログだと思っているんです。企業と消費者とが常に一体となってサイトを運営していく。それって昔から続くファンクラブの運営と同じようなものですよね。
川村:お客様に企業理念や商品価値を知ってもらい、応援してもらうためのコミュニケーションの場をつくるという点では、まさしくそうです。
甲斐:この「アナログ感」こそファンサイトの真骨頂じゃないかな。デジタル化が進展すればするほどより重要になってくると思っています。なぜなら、毎日のように送られてくる販促メールよりも、手書きのハガキが一通送られてくるほうがお客様にとってはインパクトがあり、関係性を深めることができる。それと同じです。
川村:ネットの利便性を兼ね備えているだけで、手作り感という意味では仰るとおりだと思います。
甲斐:企業がよく行うアンケート調査でも、私に言わせればお客様に直接会って意見を伺うほうが本音を聞くことができます。ネットという場で基本的な手法を使っているからこそ、ファンサイトは画期的なんです。
川村:あくまで企業とお客様の信頼関係を作ることが目的なので、作業の効率性よりもいかに心が通っているか(自分事として理解し共有しているか)でお客様は動きますから。
甲斐:そういう意味では、お客様というのは「顧客=カスタマー」ではなく、一人ひとりが違う考えを持つ「個客」なんです。だからこそ、目の前のお客様を大事にする必要があるんでしょうね。
川村:そうしたつながりの中で、顧客から新たなファンが創出するのだと感じています。
甲斐:お互いに応援し合える関係を、サイトを通して構築する取り組みは、今後の企業の姿勢として非常に重要になるはずです。ある意味、お客様と一緒になって作っていく、新しい形のプロモーションと言えるでしょう。
●企業とファンのストーリーが武器になる
川村:最近は目先のことしか見ない、考えないという意味で、今だけ・金だけ・自分だけの「三だけ主義」なんていう言葉が広まっています。残念ですがそうした視点でビジネスを進めている企業も多いように感じます。
甲斐:それではダメでしょうね。本来、マーケティングとはお客様に長くお付き合いいただき、距離を縮める作業です。その関係性を高めたものがファンであり、「セリング」や「販売促進」のもっと先にあるものじゃないでしょうか。
川村:ありがたいことに、そもそもファンサイトに興味をもち、ファンサイトを採用している企業は、その意味をしっかりと理解してくれています。もちろん、ファンは急に育つものではありません。徐々に醸成していく必要があり、時間がかかる難易度の高い作業ですが。
甲斐:でも、そこまでの交流の時間が企業のストーリーになりますよね。そして、それが企業にとって財産になる。
川村 ええ、ストーリーはブランドづくりに欠かせない、非常に大切なものです。
甲斐:老舗と呼ばれる会社を見れば、その重要性は一目瞭然です。例えば、江戸時代から続く三越の前身「三井越後屋呉服店」(越後屋)は、それまで主流だった掛売をやめて、国内で初めて現金販売を始めた呉服屋として知られています。商品に値札をつけて料金を明確にし、掛値なしの低価格を実現したことで、江戸の町人から評判だったといわれています。
川村:当時の常識を覆したわけですね。
甲斐:こうした革新的な発想がなぜ生まれたかというと、やはりお客様に寄り添い、ニーズを汲み取ったからこそ。そうした姿勢が、最終的にはお客様の喜びにつながることを証明したよい事例でしょう。これこそ、マーケティングの本質なのです。また、このストーリーが企業の価値を高めるストーリーにもなっている。
川村:今の話で思い浮かんだのですが、ドラッカーの言葉にある「顧客の創造」です。掛売が当たり前だった時代に、現金で買いたい人たちもいるはずだと、越後屋はある意味で顧客を創造した。
甲斐:それだけでなく、売り方にも工夫をしていて、反物を切った時に出る余りの切れ端も安く売り始めたんです。庶民はそれを組み合わせたりして、オシャレを楽しんだりもしました。つまり、お客様が自ら楽しむ仕組みも提供したというわけです。
川村:さきほどのドラッカーの言葉を援用するならファンサイトの活動は、「ファンという新たな顧客の創造」ができないだろうかという発想からスタートしています。従来のマーケティングの領域では、顧客をターゲット(標的)と呼び、捉えていたけれども、ファンサイトでは、顧客は(矢で撃つような)標的ではなく、ファンにとって価値ある商品やサービスになるよう、ともに考え作っていく仲間のような関係性を生み出す作業になります。さらに、これからの人口減少などを考えた時に、ますますファンはビジネスを支える重要な柱になっていくはずです。
甲斐:私は、これからの企業は商品を「買ってもらおう」と思うこと自体がNGだと思っているんです。そうではなく、「喜んでもらおう」という想いが何より重要になる。「なんとなく好き」から始まったお客様との交流が、企業の姿勢一つで「理屈を超えて好き」になる。ファンサイトとは、それを生み出すものだと信じていますよ。
川村:予定の時間を超え、本日は長時間に渡り貴重なお話を伺うことができました。本当にありがとうございました。
2020年3月2日取材。