第181号『catch a cold』

【鉛筆削り機】
【鉛筆削り機】

週末、風邪に捕まった。
その上、口の中に、まるで刺のある虫のような、大きな口内炎を2つも飼ってしまった。
痛い、そして怠い。
ここ、数ヶ月ほとんど無休状態だった。
久しぶりに丸一日の休日、ドライブをして美味しい物でも食べようと目論んでいた。
そして、あれやこれやとやりたいことを考えていたが、結局、風邪にこの貴重な休みを献上することになった。

風邪は「ひく」ではなく、「捕まる」と言う方がぴったりくる。
鬼ごっこの鬼に捕まった。といった感じである。
ぐるぐると走り回り、鬼に捕まらないよう、すり抜けていく。
ところが一旦捕まると、木とか壁に拘束され、じっとしていなければならない。
立ち止まり周囲を見渡す。
地面に目を落とす。
木を仰ぐ。
風を感じる。
仲間が助けに来てくれるのを待ちながら、さっきまで、あれほど激しく動き回っていたのがうそのようである。

風邪という鬼に捕まり、ベッドか居間に置いてあるソファーに横になる。
こうしていると、普段ほとんど気にもかけないモノたちが見えてくる。
例えば、ソファー横の棚に並んだ小物たち。
旅行先で買った人形や、数年前、LAの郊外で拾った巨大な松ぼっくり・・・。
そんな中に、小学から中学まで使っていた手動の鉛筆削り機が置かれている。
普段、使うこともなく、あることさえ忘れていた。
鉛筆をはさみ、くるくるくるとハンドルを回す。
鉛筆の木屑と芯が削れた後のなんともいえない臭いや、ツンと尖った鉛筆の芯がきれいに並ぶ筆箱を思い出した。
「おい、久しぶりだな」
なんだかそんな声をかけられたような気がした。
ゆっくりと流れていたあのころの時間と空間が蘇る。

「風邪は万病のもとという言葉に脅かされて自然に経過することを忘れ、治さねば治らぬもののように思い込んで、風邪を引くような体の偏りを正すのだということを無視してしまうことはよくない。体を正し、生活を改め、経過を待つべきである。このようにすれば、風邪が体の掃除になり、安全弁としてのはたらきをもっていることが判るだろう。」
<風邪の効用 野口晴哉著 ちくま文庫より引用>

ついさっきまで、無駄な休日の過ごし方だとすこし腹を立て、風邪に捕まったことを悔やんでいた自分がいた。
でもいまはせっかく風邪に捕まったのだから、ジタバタせずに、しばらくこのままゆったりと体を横たえることにした。

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