第872号『オンライン授業事始め』

【学籍名簿】

蒲田にある日本工学院専門学校(3年制)で非常勤講師として、週1回コミュニケーションとマーケティングの講義を担当している。
今年は、コロナ禍の影響で初回の講義が始まったのが6月12日と、例年に比べ2ヶ月ほど遅れてのスタートとなった。
しかも、Zoomを使ってのオンライン授業という初めての試みである。

この話をいただいたのは(学校開始が遅れるということは4月に連絡を受けていたが)5月中旬。
聞けば分散登校の手立てとして、どうしてもオンライン授業をやらざるを得ないとの結論に至ったとのこと。
そして、実技系は登校して対面での授業を実施し、一方、座学系の授業はオンラインで、となった。

因みに、僕が担当するのはwebクリエーター科とグラフィックデザイン科の新入生つまり新1年生である。
大半がこの春、高校を卒業したばかりの18歳。
午前と午後に分け、この2クラスを受け持つ。
授業時間は90分。
生徒は各自、自分の部屋で授業を受ける。
聴く学生も話す僕も(肉体的にも精神的にも)、結構ハードである。

この学校で長年にわたり、このコミュニケーションとマーケティングの講義をやってきたが、そのすべての時間を黒板に板書し、延々と話をするだけではない。
時に、参考映像を見せたり、グループに分かれてのワークショップやハッカソンといった形式で問題を議論し、結論を見出していくといった授業もある。
リアルに対面するからこそ、学生一人ひとりが実感し、体感することができる授業である。
しかし、オンライン授業となれば、こうした肌感覚的な体験を通しての理解は難しいだろう。
さて、なにからどうすれば良いのか、まったくもって五里霧中の状態からの組み立てである。
こうした中、不安はもちろんあったが、一方で実験的なことが出来るかもしれないというワクワクする気分もあった。

実は45歳の時、止むに止まれぬ理由があり、大好きな広告制作やマーケティングを生業としていた会社から教育産業へ転職したことがある。
キッカケは、会社帰り電車の中で、ふと見上げた中吊り求人広告を見ての応募。
その求人広告は、東進ハイスクールを展開している株式会社ナガセが、衛生予備校の立ち上げのためのディレクターを募集していた。
偶然に見た求人広告、受けてみようかなとふいに思い立った。
結果、結構な倍率を(後で知らされたのだが)奇跡的に突破し、採用2名枠の内の1人と相成った。

衛生予備校用のコンテンツを考えていく中で、多くの方々から言われたことがある。
予備校で生身の先生が、熱を持って生徒に授業をしているからこそ伝わるので、放送でテレビを通してとなると、その効果は落ちるのではないかという意見が圧倒的多数だった。
しかし、蓋を開けてみると映像であっても教師に力があれば圧倒的に支持されることが分かった。
英語の安河内哲也、国語の林修、小論文の樋口裕一、物理の苑田尚之、数学の志田晶、日本史の金谷俊一郎、等々実力派講師陣だった。
そして、衛生予備校を受講した生徒たちが面白いように難関大学の門を次々に突破していった。
授業コンテンツを収録していて感じたことがある。
講師陣のカリスマ性や教えるテクニックもさることながら、それぞれに授業を作っていくリズムとテンポのようなもがあった。

この衛生予備校での体験と知見は、今回のオンライン授業を行う上で大きな遺産として(まだ終わっていないので結論付けることは出来ないが)活用することができたのではないと思っている。
まずは、90分を一本調子にならないよう、メリハリとリズムをつけることを意識した。
具体的には、90分を3つに分け、それぞれにテーマを用意した。

●今日のトピックス
このコーナーでは、毎回僕が気になっていることをテーマに20分から30分、解説をする。
例えば「ターゲッティング広告」や「ロングテール」について。
あるいは、映画「ブレードランナー」や音楽「大瀧詠一と細野晴臣との関係」などについて。

●ハロートーク
ここでは、学生一人ひとりに、2,3分間、前回の授業で思ったこと感じたことを話してもらうコーナーである。
生徒と対話しながら、話を引き出し広げていく。

●テキストチャレンジ
僕が、以前自前で編集した発想訓練とマーケティングの基礎をまとめたテキストを使って講義する。

こうして途中1回、3分ほどのトイレタイムを挟んで学生との90分間の授業が完成する。
僕から発したエネルギーを彼らが受け止めてくれている。
そして、彼らの熱を僕が受け取る。
午前と午後、計3時間の授業が終わると、毎回しばらく放心状態になるが、それはなんとも心地よい時間でもある。
さて、来週の授業の仕込みをしなければ。
まだまだ、オンライン授業の実験は続く。