第885号『Over The Rainbow』

【『小説家をみつけたら』サントラ盤】

人気スパイ映画『007』シリーズの初代ジェームズ・ボンド役で知られる俳優ショーン・コネリーさんが90歳で死去したと、先週末ニュースで知った。
代表作の『薔薇の名前』(ジャン=ジャック・アノー監督作品)、『アンタッチャブル』(ブライアン・デ・パルマ監督作品)、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』(スティーヴン・スピルバーグ監督作品)、『レッド・オクトーバーを追え!』(ジョン・マクティアナン監督作品)など、どれも知性ある大人な風情を感じさせる俳優として、むしろ『007』シリーズ以後の作品のほうが好きだった。
取り分け 『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のガス・ヴァン・サント監督が、伝説的な天才作家と文才のある黒人少年の心の交流を描いた映画『小説家をみつけたら』を忘れられない。

有楽町のどこの映画館で観たのかは思い出せないが、金曜日だったことは覚えている。
なぜかと言えば、映画を観た後、深夜バスで故郷の弘前に帰省する日だったからだ。
この頃、脳腫瘍で倒れ、手術後(再度の手術はしないと決め)自宅で養生していた弟に会うために2、3ヶ月に一度の割合で東京と津軽を行き来していた。

浜松町のバスターミナルから出る深夜バスの時刻は22時15分。
それまでの時間をやり過ごすために何をしようかと思っていたところ、たまたまタイミングが合ってこの映画を観ることができた。

映画『小説家をみつけたら』は、老作家(ショーン・コネリー)と優れた知性を持ちながも、その素質を生かせず、生まれ育った環境の中で藻掻きながら日々に流されていた少年との出会いと成長の物語である。

脚本が秀逸だった。
ニューヨーク・ブロンクス。16歳の少年ジャマールは、ある日、バスケ仲間にそそのかされて忍び込んだ謎の老人の部屋にリュックを置き忘れてしまう。中には彼が秘密にしていた自分の創作ノートが入ってた。数日後路上にいたジャマールに向けてリュックが返却されるが創作ノートには赤字でびっしり添削してあった。老作家フォレスターは長年引きこもっていたが、ジャマールの才能を見出し二人の交流が始まる、、、”

ストーリーも素晴らしいが、この映画のもう一つの見所はサウンド・トラック。
マーティン・スコセッシ監督の『ギャング・オブ・ニューヨーク』をはじめ、数々の映画音楽を手がけていた音楽プロデューサーの天才ハル・ウィルナーが担当していた。
残念ながら今年4月、新型コロナウイルス感染による合併症で亡くなった。
映画『小説家をみつけたら』では、マイルス・デイビス、オーネット・コールマン、ビル・フリーゼルらの個性あふれる才能たちの絶妙な組み合わせが見事だった。
そして、最後を飾った音楽はイズレエル・カマカヴィヴォオレの歌う”Over The Rainbow/What A Wonderful World”(虹の彼方に/この素晴らしき世界”)2曲のメドレー。

エンドロールが流れる中、僕は涙を拭った。
清々しい物語だった。

まだ起業することなど、微塵も考えていなかった40代後半のときのことだ。
このころ、僕は人生と仕事の森で彷徨っていた。
弟の不治の病、行き詰まりを感じていた仕事、不満の募る職場・・・。
自分では精一杯頑張っているのに、どうして上手くいかないのだろう?と、誰にも相談出来ない孤独の境地にいた。
そんな気分でいたときに、映画『小説家をみつけたら』に出会った。
観終わって、映画館を出ると空気が少し肌寒い。
でも、ひんやりとした外気に触れたらピリッとしてなんだか少し元気が出た。
そして笑顔で弟に会いに行こうと決めたことを、思い出した。