【フロントの天井画】
今年も2週間ほど、ファンサイト通信のお休みをいただいた。
昨年に続きコロナ禍、遠出もなければ仲間との外食もない。
どうにも身動きできない。
より良く生きるために遊びは必須だ。
こんな状況をどうにかできないかと思案していたところ、妻から提案があった。
MM21(横浜みなとみらいエリア)のホテルに一泊し、これに映画観劇を加えて、遊ぶのはどうかと・・・。
映画を観た後、スーパーで食料品とビールとワインを買い込み、チェックインし、部屋で海を眺めながら音楽を聴いて食事を摂るというのはどう?
これなら県境をまたがず、蜜にもならず、そしてなにより楽しそうだし・・・。
僕は即座に膝を打ち、そのアイデアに乗った。
じつは、数日前から妻はMM21エリアにあるホテルを検索し、調べていたという。
通常とは違い、コロナの影響で観光客が激減しているこの夏休み期間、極めてお値打ちな部屋があることを見つけていた。
こうして、僕たちは日曜日のお昼に自宅を旅立ち、一路JR桜木町駅へと向かった。
なんだか、旅スイッチが入り、いつもの根岸線がキラキラと夏色に輝いているように思えた。
自粛ムードが広がっているのか車内は、日曜日にもかかわらず乗客はまばら。
さて、ほどなく桜木町駅に到着し、まずは駅近くにある映画館で予約していた映画『キネマの神様』(山田洋次監督作品)を観た。
この映画は、松竹映画100周年記念作品として製作されたものである。
映画が娯楽の王座に座っていた時代の、映画を愛し映画を諦めた男の物語。
主演は沢田研二と菅田将暉のW主演。
ご存知のかたも多いだろうが、もともとは沢田研二ではなく志村けんが演ずる予定だった。
しかし、コロナ感染で突然の逝去。
その意志を継ぐかたちで盟友の沢田研二が引き受けた。
誰からも、もし志村さんだったらどんな映画になっていただろうと、言われることを承知で引き受けた沢田研二さんの男気に敬服する。
僕自身、学卒で映画会社に就職し、まして撮影所で2年半過ごした体験もあり、一言では語りえない想いが詰まった映画だった。
この作品については、また別な機会にお話したい。
映画館を出て、ホテルへと向かう。
ジリジリと夏の日差しが照る。
長い渡り廊下のような歩道橋、右手に帆船「日本丸」やロープウェイのゴンドラを見ながら進む。
やはり、人出はここでもまばら。
そして、ランドマークに入った途端、別世界のように涼しい。
ショッピングモールを通り抜け、クインズスクエアへ。
ここまで、外の灼熱を避け空調の効いた快適な散歩を楽しめた。
ホテルに到着し、ロビーへ。
3時過ぎに、部屋にチェックインする。
部屋から海が見え、そして思いのほか広々としている。
これだけでも、非日常を味わえる気分になった。
部屋に荷物を置き、MM21の散策に出かけることにした。
みなとみらい地区は、横浜都心部の一体化と強化をめざした海岸をベースした都市の再開発として建設された街である。
1980年代に再開発が行われる以前は、三菱重工横浜造船所、国鉄高島線(貨物支線)、東急東横線桜木町駅および高島埠頭、新港埠頭などがあった。
この巨大再開発エリアには住宅エリアもあり、すでに1万人ちかい住民が生活をしている。
散策して気がついたのだが、商業施設「クインズスクエア」は隣接する同じく商業施設「マークイズみなとみらい」へと地下でもつながっており、ここには巨大な地下都市が広がっている。
そして、当然のことだが、これまでの観光気分で見ていたブティックや飲食店だけではなく、スーパーやコンビニ、郵便局、地下鉄の駅など生活を支えるインフラも充実していることに気がついた。
よくよく見れば、住民の方々が普段使いに利用しているお店がある。
当然、これらのお店のメニュー価格は観光地値段ではない。
こうして、この日のディナー(アルコール無し)はタイの屋台風のお店で、ラープ(辛いサラダ)やプーパッポンカリー(タイ風卵カレー)を食べた。
時間はまだ、19時前。
お店を出て、腹ごなしにぶらぶらと地下街を散歩する。
そして、さっき通り過ぎたスーパーに入る。
地元のスーパーとは品物の並び方や置いてある銘柄が違う。
なんだか、他所の国のスーパーに行ったときのようなワクワクした気分になる。
ここで、つまみとビールや酒を調達。
こうして、旅の夜の後半戦へとなだれ込んだ。
翌日、旅の2日目はゆっくりと12時チェックアウト。
僕たちは横浜遊覧を楽しむべく、馬車道で昼食を摂り、中華街でお土産を買い、元町で晩ごはんを調達し、こうしてJR根岸線石川町駅から帰路についた。