アメリカの連邦公開市場委員会(FOMC)の金融政策決定会議。
利上げを先送りすると見込まれるなか、世界中が注目しています。
この世界中の注目のときをウォール街ですごせるのは、
なんともいえない気持なのですが、実は東海岸に来たのは今回が初めてで、
メインランドに来るのも30年ぶりの出来事なのです。
今回の出張は、もともと、東京からSan Joseにわたり、
いわゆるシリコンバレーで過ごすというもの。
少し足をのばしてSan Franciscoまで行くと、若い頃に見た風景が眼下に広がります。
30年前にGolden Gate Bridgeを走るクルマを上空から見て、
「日本の反対にもこうやって生活している人たちがいるのだな。」
と感動した記憶があり、同じ橋を見て、その時の感動とは異なる気持ちになりました。
今回、あらためてアメリカという国の活気を目の当たりにして、
あと10年、あと20年早く、ここでビジネスしていたら、あるいは学びに来ていたら、
どうなっていただろう、もう少し違った人生だったのではないだろうかと、
後悔や反省に似た気持ちになったのです。
人にはいろいろ事情があって、生まれた環境や育った環境、
親の教育方針やつきあう友達、影響される先輩、などなど、
様々な事情、そのときどきの事情を背負って、今を生きています。
今は確実に過去になり、そして未来が今になります。
そのときどきの事情によって、できることできないこと、
あるいは、やりたいこと、やりたくてもできないこと、
内心すら、経済的要因などの外的要因によって左右されたりするわけです。
30年前、中学2年生だった僕は、
両親のおかげで単身渡米することを許され、サマーキャンプに参加したりして、
異国の文化に触れる機会を得ました。
競争することの喜びや、自律することの大切さ、讃えることの素晴らしさを学びましたが、
一方で、ひとたび島国日本に帰ると、高揚する心も消え失せ、
スポイルされた環境で、小手先でもある程度の暮らしができるものだから、
自分を高めることを忘れるのでした。
せっかくの良い環境や示唆を受け止められない、吸収できない自分がいたのです。
この30年をふりかえると、他にも機会を逃していることが実に多く、
本当の価値に目を背け、無計画で後先を考えない言動の連続だったように思えます。
あと「一歩」足を踏み入れられなかったり、最後の詰めを怠ったり、
頭で理解しているにもかかわらず、行動に移さなかったこともあったと思えます。
というわけで、
渡米するからには、西のITだけでなく、東の金融にも触れ、
何らかの刺激をうけよう、「一歩」前進してみようと、旅程を変更したのです。
先輩に「摩天楼見上げてこい」と鼓舞されたことも手伝いJetBlueでNew Yorkへ。
はたして、
2013年5月に当時のバーナンキFRB議長が量的金融緩和策の縮小を示唆してから、
2年余りも「待ち」の姿勢を続けてきたFOMCは、
予想通り、利上げを先送りするのでしょうか。
それが、どちらであっても、相場は動くでしょうし、時間の流れは止まりません。
肝心なのは、様々などのときどきの事情のもとで、機会を逃さないこと、
せっかくの縁を大切にすることなのではないでしょうか。
いま僕は、少しだけ成長できた気分で、高い空を見上げています。