広大な大地と高い空を満喫し、世界最高峰のパッションを共有し、
私的な欲求もみたしたアメリカ横断は、
40歳を過ぎた僕に、大きな感動と新たな問題意識を与えてくれました。
折しも日本では線状豪雨により、北関東が大きな被害にあい、
友人が連休を利用してボランティアにかけつけたりしていました。
海外にいると、より自身が日本人であることを実感するのですが、
いつも以上に祖国が気になり、普段何気なく見ているニュースもより真剣に見て、
より強い思いを寄せてしまうのも異国の地ではならのことです。
ボランティアで災害の傷跡を目の当たりにしている友人のSNSからのレポートに、
より強く感銘を受けたり、安保法案に対するデモの記事に目を通したり、
普段以上に、「身の回りの出来事」が気になるのでした。
ITセレブが集う西海岸では、人々が自国の代名詞的なマクドナルドなど口にしないで、
オーガニックフードを選び、コールドプレスジュースを好んでいるのを見て、
なんとなく数年後の我が国の「食」の状況を想像させられました。
とにかく健康志向で、大量生産の代名詞アメリカの姿はそこにありません。
カルフォルニア特有の心地よい日差しの下で、日頃口にしないサラダを頬張りながら
メールチェックしていると、欧州在住の友人から一通のメールが。
「アメリカで充実している様子だけれど、難民問題についてどう思う?」
漠然とした内容の問いかけに、なんとなく返信しましたが、
浜辺に打ちあがった少年のニュースの印象以外に何も自分の中にはありませんでした。
欧州在住の彼らにとって、シリア難民の問題は、「今そこにある大きな身近な問題」。
難民となった人々を思いやる一方で、次々と異国の地から外国人が押し寄せる状況に、
恐怖すら抱いているとのことです。
信仰も異なりISISの繰り返された市民に対する残虐な戦争犯罪も記憶に新しければ、
そのように考えるのも無理はないかもしれません。
ペルシャ湾諸国が難民の受け入れを拒否したのも感心はできませんが、
感情的にまったく分からない気はしません。
そもそも、この問題は安易には肯定できないものの
ソーシャルメディアの影響が強かった「アラブの春」に端を発します。
周辺国の政権が崩壊する中で、1960年代から続く強力なアサド政権は倒れず、
その間にできたいくつかの組織と国との内戦が、400万人の難民を生み出したのです。
浜辺に打ち上げられた少年の遺体を機会に、ドイツは80万人の受入を発表し、
EUでも12万人の受入分担を異例の多数決で決定しました。
民主化の歴史が浅い、東中欧諸国が反対している点も興味深いのですが、
いずれにしても重要事項については全会一致を原則とするEUが、
国際世論の影響か、事態の緊急性からか、例外的な決定をしたことから、
その連帯性に疑問符がついております。
難民を受け入れることによって、その国の経済成長が鈍化するかもしれません。
犯罪件数が増えるかもしれません。宗教上の問題も生じるかもしれません。
EUの連帯性も含め、解決が難しい問題が山積されています。
分担される国を自分で選択できない難民の不安は想像を絶するし、
受け入れる側の気持ちも理解の範疇を超えてしまいます。
「難民問題について、どう思う?」と聞かれても、
正直なところ、「なんとも言えない。」というにとどまります。
ただ、この問いかけを機会に、この問題について学べたことが、
今後の思考の過程によい影響を与えるでしょうし、
本件についても自分自身の意見を持てるようになると思います。
72億もの人が生活を営んでいれば、様々な問題がいたるところであるはずです。
すべての解決に参加することは、難しいことですが、
それぞれを知ることや意見を持つことは重要かもしれません。
そしてまずは自分自身について、次に身近な社会について、
責任をはたしていくことが、世の中に貢献していくことなのかなと思いました。
小さなことですが、自分自身の健康を維持していくことが、
43歳の誕生日をむかえ44回目のシーズンインした僕の目標です。
いずれそれが自分のチームに、そしてもう少し大きな自分の属する組織に、
貢献できることに繋がるのではないでしょうか。