第934号『衣鉢を継ぐ』

衣鉢を継ぐとは、先人の残したものを受け継ぐこと。

 衣鉢とは先人から弟子に伝授され受け継がれる奥義のことで「えはち」または「えはつ」とも読む。

東京蒲田にある日本工学院での授業も、残すところ8回。

非常勤講師として、いよいよ来年2月で終了となる。

そうしたこともあって、ここのところ授業の準備をしながらしばしば思い出すことがある。

それは、かつてこの学科を立ち上げた先達の先生方のことである。

学卒で入社した日活から転職し、縁をいただきこの学校で専任講師として仕事を始めたのが24歳の時。

そして、39歳で専任を辞したが、その後も非常勤講師として今日に至るまでここで週1回ではあるが教えることを続けてきた。

結果として、通算45年の長きにわたり関わった。

『日本工学院専門学校芸術学部 映像・デザイン・美術科』の教師として奉職したとき、この学部は設立して2年目だった。

映像とデザインと美術を融合した専門教育を実験する学科としての立ち上げだった。

そして、その試みに賛同し集まった講師陣がすごかった。

三島由紀夫を被写体とした写真集『薔薇刑』を手がけた写真家の細江英公、反戦の前衛作家として名を馳せた画家の池田龍雄、今や伝説の映画評論誌『シネマ69』(山根貞男・蓮實重彦・上野昂志などが編集執筆)の編集長であり日本映像学会の会長も歴任した映像評論の波多野哲郎、岩波映画社で監督の井坂能行、いまもファンに熱烈に支持され続けている写真家の牛腸茂雄、イサムノグチのただ一人の愛弟子で東京学芸大学教授だった立体造形の広井力、そしてアニメーションの久里洋二と古川タク、デザイン批評の柏木博、嘉瑞工房社主でタイポグラフィの高岡重蔵、東京造形大学学長となった海本健、イラストレーターの幹英生と・・・目眩がしてしまうほどの布陣である。

彼らがこの学校に残したものは何か。

それは、たかが一専門学校の枠に留まることのない、なにか新たな遊びや試みをこの場ならできるかもしれないと感じさせてくれる可能性だったように思う。

上も下もなくフツフツと熱くゴツゴツとした議論が渦巻き、それが学校の会議の場では収まらず駅前の居酒屋に席を移し、気がつけば終電といういう時が何度もあった。

できたばかりの場には、そうした自由と熱狂が漂っているものではあるが、こうした日々がなんとも楽しかった。

当然、この熱度は当時の学生にも伝搬していった。

確かにあの時代、学校は学びの場で遊びの場でもあった。

先達の先生方から伝搬され受け継いだ熱を、僕はいま関わっている先生や学生たちに衣鉢を伝えることができているだろうか。

いやいや、伝えきれたとは云えない。

なんとも、忸怩たる思いである。

最後の最後まで、いま自分ができる最高の授業を学生と作っていきたい。

残り8回、悔いのないものにしたい。

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1件のフィードバック

  1. ご無沙汰しております。13期卒業の樫下正明です。あまり可愛い生徒ではなかったのでご記憶されているかわかりませんが、その節はたいへんお世話になりました。今回、講師職を辞されるということ、長い間、お疲れさまでした。いまだ私がデザインの仕事を続けているのも、いいスタート、出会いがあったからだと思います。
    衣鉢を継ぐとは、先人の残したものを受け継ぐこと。私も受け継いだ1人として、次に繋いでいければと思います。先生のことですから、この先も走り続けていかれると思います。お体に気をつけて、お元気で!
    追伸:ジョエル・コーエンのマクベスは楽しみですね。

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