2023年度私的映画ランキングの2回目。このランキングを選定するために、記憶の振り返りやデータの見返しなど、意外と面倒なことも多い。それでもなぜ毎年、「私的映画ランキング」をやるのか?それは、いま現在での、自分の感度を推し量るための棚卸し的な作業だと考えているからだ。そして面倒ではあるが、選定のために、あれやこれやと、整理し始めると”やっぱり映画っていいな!”と、楽しくなってしまうからだ。それでは、今回は6位から4位までを発表。
6位.『TAR』トッド・フィールド監督作品。5月25日、横浜キノフィルムにて鑑賞。
あらすじは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(伝統あるこの楽団に対し、ネガティブな印象を与えかねないストーリーでもあるのだが、劇中で正式な楽団名の使用許可していることに、驚いたと同時に懐の深さも感じた)で、女性としてはじめて首席指揮者に任命されたリディア・ター。天才的能力とたぐいまれなプロデュース力で、その地位を築いた彼女だったが、いまはマーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんなある日、かつて彼女が指導した若手指揮者の訃報が入り、ある疑惑をかけられ、そしてターは次第に追い詰められていく・・・
マーティン・スコセッシ監督作品『アビエーター』や、ウディ・アレン監督作品『ブルージャスミン』で、アカデミー賞を二度も受賞しているケイト・ブランシェットが、主人公リディア・ターを熱演。
一方、トッド・フィールド監督の経歴も凄まじい。俳優として、スタンリー・キューブリック監督作品『アイズ ワイド シャット』などに出演する一方、1993年に短編『When I Was a Boy』で監督・脚本家デビュー。『Nonnie & Alex』Nonnie & Alex』(95)でサンダンス映画祭の審査員賞を受賞し、初の長編監督作『イン・ザ・ベッドルーム』(01)はアカデミー作品賞、脚色賞など5部門、続く『リトル・チルドレン』(06)では2度目のアカデミー脚色賞にノミネートされた。残念ながら、『アイズ ワイド シャット』以外、僕はここ載っている作品はどれも観ていない。
本作では、キャンセルカルチャーやパワハラ、セクハラの問題を織り交ぜながら、クラシック音楽とその周辺を丹念に描いている。欧米での知識人(階級社会の)としての振舞なども理解していたら、もっと楽しめたかもしれない。それでも、ケイト・ブランシェットの圧倒的な演技力と、トッド・フィールド監督の細部へのこだわりが、画面の隅々にまで及んでいて、まるで宗教建築が建立されていくような、ダイナミックでかつ繊細な組み立ての映像プロセスを楽しむことができた。
5位.『君たちはどう生きるか』宮崎駿監督作品。9月28日、桜木町ブルク13にて鑑賞。
『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』で、完璧なまでの物語世界を生み出した宮崎駿。監督は、ある時期から「物語を超えた映画」に挑戦してきたように思う。例えば『千と千尋の神隠し』の物語を正しく説明できる人が、果たしてどれだけいるのだろうか。あの映画はともかく圧倒的に「面白い」。けれどもほとんどの人がその「物語」の核心を語ることに戸惑う。それなのに、国内興行収入316,8億円、2000万人を超える観客が、熱狂して楽しんだという事実が、あの映画のすごさを証明している。とてつもなく奇妙な世界なのに、どこか懐かしさを感じる。『君たちはどう生きるか』も、そうした映画なのだと思う。だから、分かる人にわかればいいと監督はニヤリとしているのだ。第81回ゴールデン・グローブ賞アニメーション映画賞を受賞した。日本映画の同賞受賞は初めて。
4位.『オアシス』イ・チャンドン監督作品。6月14日、AppleTVにて鑑賞。
『ペパーミント・キャンディー』『シークレット・サンシャイン』『ポエトリー』など、数々の傑作を生み出してきた韓国を代表する名匠イ・チャンドン監督の代表作。社会に適応できない青年と脳性麻痺の女性の愛の行方を描き、第59回ベネチア国際映画祭で監督賞などを受賞した恋愛ドラマ。
『ペパーミント・キャンディー』は観ていたが、なぜか『オアシス』は見逃していた。日本では2004年劇場公開だから、20年前の作品。紛れもない傑作である。ただただ圧倒された。人間とはかくも美しいものであることを、この作品は教えてくれた。
次回、1032号は、2023年度私的映画ランキングその3。いよいよ3位から1位の発表です。