矢野顕子さんのCD「はじめてのやのあきこ」を聴いていたら、無性に福砂屋の五三焼カステラが食べたくなった。
以前、知人の頼まれごとの礼に、このカステラを頂いた。
華美ではない、いやむしろ素っ気ないほどの包みだったが、品格を感じた。
包みを開けると、表面はうっすらと焦げた綺麗な焼き色だ。
ひと切れ、切り分けると、生地の断面はきめ細かく黄味が濃い。
カステラなんぞ普段、滅多に口にしない。
コーヒーを淹れ、一口頬張る。
ふんわりとなめらかな舌ざわりだ。
そして、ふくよかな甘みが口から鼻にかけてひろがる。
世の中には、たくさんの菓子で溢れ、その味も、香りも、形状も、どれもがまるで、激しく言い募るがごときものばかりが目立つなかで、このカステラは、我、関せず。と、言った風情である。
素材も、作り方も、作り手も、その全てを頑なに信じて作っている。
「はじめてのやのあきこ」は様々なミュージシャンが矢野顕子と彼女の楽曲をコラボレーションしている。
その参加メンバーたるや、1曲目オープニング「自転車でおいで」を飾るのは槇原敬之。
続いて、2曲目、名曲「中央線」では小田和正と。
さらにJUDY AND MARYのボーカリストYUMIとの「ごはんができたよ」、井上陽水とは「架空の星座」、「ひとつだけ」では忌野清郎と、そして最後「そこのアイロンに告ぐ」は17歳の時、チック・コリアとの共演で話題となった若手ジャズピアニスト、上原ひろみといった顔ぶれである。
全曲ピアノをベースにアコーステックな歌声で構成されたシンプルな作りのCDである。
長い時間をかけて、信じられる何かを見つけ出す。
そして、その全てを頑なに信じて作る。
「作るって」つまりはこういうことなんだ。
コーヒーを淹れ、少し厚く切ったカステラを用意して、明日、もう一度最初から聴こうか。