ある日、いつものようにスーパーで買い物をしてレジに並んだ。
前にいた女性が、レジ脇に下がっている札を自分のカゴに無造作に入れた。
なんだろうと、それを見た。
この札を入れると、ポリ袋が要らないということがわかるサービスだ。
エコ意識のある人だなと思った。
それにしても、なぜ無言でしかも不愉快そうなんだろう。
「袋いりません」と一言いえばすむのに、言わない。
なぜか?
それは、戦後、日本人は優秀な消費者に改良されたからだ。
しかも、その生真面目さゆえ、市場原理主義の強力な信奉者のように、である。
考えてみれば、賢い消費者の要諦は、商品やサービスの内容をよく理解し、吟味し、それでも満足をしないことにある。
賢く、買い物上手な消費者の振舞いとして、交渉する時には、とりあえず要らない、あるいはそちらが譲歩するなら買わないでもない、といった態度をとる。
つまり、提示された商品やサービスに不満を露にする方が、戦略的に得だということを、いつのころからか知ってしまったのだ。
そうでなければ、多くの人たちが「不愉快・無言」という、戦法をこれほどまでに積極的には採用しないだろう。
こうして、言葉のない社会が実現した。
道を譲っても、席を譲っても、道で肩がぶつかっても「すみません」「ありがとう」「失礼」の一言もない。
老いも若きも、ただ前を見て、口を閉じ「あなたのせいで私は不愉快になっているのだ」というプレゼンテーションが、ますます蔓延し、拡散し続けている。