第497号『記憶のスイッチ』

【ぼほ水没状態だったiphone】
【ぼほ水没状態だったiphone】

9月、茅ヶ崎海岸でトライアスロンの練習会に参加した。
朝、晴れ間もあったのに茅ヶ崎駅に着いたた頃には雲行きが怪しいくなり、雨も降りだした。
駅から海岸まで歩いて20分の道のり。
10分ほど過ぎたころから、雨脚が激しくなる。
生憎、傘もない、雨宿りする場所もない。
ともかく、会場まで急いだ。
不思議なものである。
受付会場に辿り着くと、うっすらと陽も差してきた。

荷物も何もかもがびしょ濡れ。
ハッと思い出し、バッグの外ポケットに入れていたiphoneを取り出す。
ほぼ水没状態。
そして、恐れていたことが起きた。
どこをどうやっても、作動しない。

動かなければ、ただの板っ切れ。
さらに青ざめたことがある。
売店にあった公衆電話で、この事態を妻に伝えようとしたが、電話番号を覚えていない。
携帯電話を消失したということは、誰とも連絡できないだけではなく、これまで
のさまざな繋がりさえ、消滅したような気分にもなった。
なにしろ、ほぼ全ての電話番号がこの、この1枚の電子板の中に記録されているのだから。

しかし、いまさら焦ってもしかたがない。
とりあえず、トライアスロンのトレーニングに集中した。
気持ちを切り替えたとたん、なぜか、繋がりを閉ざされた状態であるという不安と同時に、
スッと気分が軽くなったようにも思えた。
自由とは、不安を代償に手に入れることなのかもしれない。

帰りの電車の中、まわりを見れば、ほとんどの人が携帯をいじっている。
そして、その輪から外れて、僕はふと憶う。
いま、誰と本当に話してみたいのかと。
忘れかけていた記憶のスイッチが入り、少し心が疼いた。

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