第76号『本気』

最近、本気で何かをすることがカッコわるいという風潮がある。
それは若い人ばかりではなく、自分と同年代の幾人かの人たちからも時々感じる。
どうやら「適当にやってもそこそこやるね」というスタンスが当世風のようである。
でも、自分のこれまでの経験を通して、仕事でも遊びでも、適当にやっておもしろくなったためしがない。
そして、本気にならなきゃ見えてこないこともたくさんあった。

先月、取材でロスアンゼルスを訪れた。
仕事も終え、ダウンタウンのすし屋で仲間と食事をとった。
なにげなく、店のカウンターの方に目を遣ると、僕にとって最も敬愛する野茂英雄さんがいた。

今シーズン、最終戦だったサンフランシスコの遠征から戻ってきたその日、戦いの終わった後の一時を楽しんでいたのだろう。

大リーガーとしての野茂さんの活躍に何度も勇気付けらたし、彼の真摯な態度を見て自分を振り返ることもできた。

寡黙ではあるが、なんと爽やかな笑顔の似合う人なんだろうと思った。
そして、しばらく呆然として酒も、すしも喉を通らなくなった。
人は恐怖で身体が固まることは知っていたが、突発的な喜びでも、似たような現象が起きることを確認した。

94年末、メジャー行きを希望した野茂に対する日本のマスコミの評価は惨憺たるものであった。
まるで国賊だといわんばかりに、だった。
それから僅か数ヶ月、メジャーでの活躍で、手のひらを返したような礼賛の嵐となる。
98年、ドジャースからメッツに移籍する時、またも「選手生命の終わりがきた」とでも言うような酷い内容であった。

周りの評価はどうであれ、野茂英雄はいつも「全力投球」。
おもいっきり投げてきた。
そしてバッターと、その遣り取りを楽しんでいるようにさえ見える。
100勝目を飾ったSFジャイアンツとの第6戦、ボンズとの対戦。
第1打席本塁打を被安打、しかし第2打席は見事にセカンドゴロにしとめた。
まさしく楽しんでいた。(ちょっと自慢ですが、運よく、この試合を観戦することができました・・・すみません)

開幕投手としてダイアモンドバックス戦では、あのランディ・ジョンソンと投げあい完封勝利。
そして、4月2日、ドジャーススタジアムでSFジャイアンツとの第6戦、ついに大リーグで100勝という歴史的な記念碑を打建てた。

今期、ナショナル・リーグでの彼の成績を見てみると改めて驚く。
勝利数16勝で5位。
ちなみに1位はブレーブスのオルティスで21勝、2位がカブスのプライアーとカージナルスのウィリアムスで共に18勝である。
そして、防御率は3.09で6位、さらに奪三振も177の8位である。

貧打のドジャースにあってこの成績はとてつもない偉業である。

3つの部門でいずれも10傑以内にランクされているのだ。
この事実を、なんといえばいいのだろう。
彼を賞賛する適切な言葉を見つけることが難しい。

やるだけのことはやった。
なるほど、野茂英雄の爽やかな笑顔は、本気で戦ったものだけが得られる自分へのご褒美なのだ。

さて、俺はどうするか。

三振は怖いけど、ほんの少し知恵と勇気をもって、毎回、おもいっきりフルスイングで振り抜くしかないでしょ。

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