【一歩】
ふと、ある男のことを思い出した。
二十数年前のことである。
悪い男ではなかったが、ほめられない癖(へき)があった。
それは「仕事を抱え込んでしまうこと」だった。
40歳を目前に転職したばかりで、少し焦っていたこともあったのかもしれない。
その職場で、彼は自分の能力以上の仕事を「認められたい」「失望されたくない」
という理由で引き受けてしまい、結局、後で問題が発覚するというミスを重ねた。
そんな彼に、業を煮やした上司が一喝した。
「安易に仕事を引き受けるのはやめろ。できないときはできないと言え。」
さらに、
「実力に見合わないことをしても、認められるどころか信頼を失うだけだ。」
そして、
「お前が、できる人間と思われたい気持ちは理解できる。だが冷静に自分を振り返
って見てみろ。焦って自分の身の丈以上に大きく見せようとするな。」と。
この男とは、僕自身のことだ。
専任教師として、15年勤めた専門学校を辞め、中堅の制作会社に転職したころの話
しである。
上司である社長に怒られ、我にかえった。
この時、お前は実力不足だ、とはっきり言われたことで、スッキリと仕事に集中で
きるようになった。
平たく言えば、いいかっこしを止めた。
そして、一つ一つの仕事に向き合い、しっかりと丁寧にやることを心掛けた。
時間は掛かったが、分かったことがある。
他人の評価にとらわれず、時に嫌われるかもしれないことを恐れず、誰も認めてく
れないかもしれないということを受け止めない限り、自分の人生を自由に歩くこと
はできない。
つまり、認められたい人ほど認められず、評価を気にしない人ほど認められる結果
となるのは、もはや定説だ。
実力がつけば、認めてくれる人は自然に増える。
人からうらやましがられたり、ほめられたりすることに頓着しないことが、結果的
に人の評価を受けるのだ。