第867号『本を書く-7』

【人形町 笹新】

856号からの続きである。
こんな魅力ある店々が、なぜ間口を広げないのか?

それは彼らが、お客様との信頼関係を守れなくな
ることを知っているからだ。

「一介の鯛焼き屋、洋食屋、焼き鳥屋、居酒屋、
和装小物屋だけれども、きちんと良い仕事をさせ
てもらいますよ、だからこれ以上、間口を広げた
ら美味しいもの、きっちりとした製品作りが守れ
なくなるよ」と。
そんな誇りに満ちた呟きが聞こえてきそうだ。
そして、もう一つ大切な理由がある。
店を拡げれば、シズル感が消える。
sizzleとは本来、肉や魚などを揚げている時のジ
ュージューと音をたたている様の擬音語である。
最近では、映像表現として臨場感のある「新鮮さ」
「みずみずしさ」といったニュアンスを表現する
言葉としても用いられることが多い。

例えば洋食屋「キラク」のカウンターに座り注文
する。
眼の前で繰り広げられるのは料理人の手際の良い
手捌きと、ジュージューとビーフカツを揚げる音、
そして旨味のある匂いが店内に充満する。
例えば、鯛焼き屋の「柳屋」の列に並んでみると
いい。
一枚一枚丁寧に焼く職人のリズミカルな動きと、
香ばしい匂いが店内から歩道にまで漂ってくる。
なにも、食べ物だけではない。
和装小物の「高虎」の工房からは、鼓笛隊の小太
鼓を打ち鳴らすようなテンポのよいミシン掛けの
音が聞こえてくる。

これはすべて、間口が狭い店ゆえに出来ることで
ある。

彼らは、味・音・匂いという目には見えないもの
も、その一つ一つが大切なブランドの構成要素で
あることを知っているのだ。
自分らしさ(というブランド)を守れる人とは、
出来ることを誇示することではなく、出来ないと
いうことに拘泥することではないか。

まさしく、こうした頑なな想いを実現させた事例
である。
『スターバックス成功物語』ハワード・シュルツ/
ドリー・ジョーンズ・ヤング著から引用する。

”スターバックの成功は、全国的なブランドを確立
するために広告宣伝費に何百万ドルもかける必要
はないことを証明している。大企業のような巨大
な資金源がなくても一度に一人の顧客、一度に一
軒の店舗、一度に一つの市場と向き合っていれば
必ず成功する。それどころか、これは顧客の信頼
を勝ち取る最善の方法かもしれないのだ。何年も
の間、忍耐と自制を重ねていけば、口コミで噂が
広まり、地元で評判のブランドを全国的な大ブラ
ンドに育て上げていくことができる。しかも、そ
れと同時に個々の顧客や地域との絆も深まるのだ。”

今日のスターバックスの多店舗展開を見ると、多
少の違和感を感じるが、その本質は、あくまで一
人のお客様や一つの市場(街)と向き合うことで
ブランドを確立してきたことがわかる。

ブランドについて2回にわたり書いてきたが、収
まらない。
次回さらに、このテーマを掘り下げてみたい。

858号へつづく。