週末の朝、仕事部屋で書き物をしていた。しばらくすると、キッチンから妻の笑い声が聞こえてくる。誰かとおしゃべりをしているようだ。家には妻と僕以外、誰もいないはずなのにと思い覗いてみた。キッチンにパソコンを持ち込み、画面ごしに札幌にお住まいのお料理研究家、オフィスオッティモ代表高橋やすこ先生から味噌作りの仕込み方を教えていただいている。実に楽しそうに、Zoomでお料理教室に参加していたのだ。仕事ではもちろんのこと、こうして家事でも当たり前のように利用している。母の時代には想像もつかない風景だろう。そしてふと、『人間拡張の原理』という本のタイトルが思い浮かんだ。
『人間拡張の原理』(1967年 竹内書店新書)、著者はマーシャル・マクルーハン。この名前を聞いて、「ああ、あの人か」と反応できる方はおそらく60歳代より上の人かもしれない。1960年代に本格化し始めたテレビ時代に、「メディアはメッセージ」などの言葉でメディアの本質論を鋭く展開し、世界的に注目された。この『人間拡張の原理』を概要すればこうなる。人間の五感はその能力を時代とともに拡張し続ける。 例えば今日、裸眼では見えない月の表面のクレーターも天体望遠鏡では見える。その一方で、微小な細菌は顕微鏡で見ることができる。まさしく目の拡張である。さらに、足の拡張として自動車、耳の拡張としてヘッドホーン、脳の延長としてパソコン・・・と。『人間拡張の原理』は、マクルーハンによる現代文明における新しい人間環境へのスリリングな予言の書でもあった。
余談だが、マクルーハンの呪文のような言葉に啓発されGMやIBMといった大企業の重役たちは、彼を経営コンサルタントとして招いた。しかし、「GMの大量生産方式は、カスタマイズの時代に逆行している」とか、「IBMは情報を加工するビジネスなのに、事務機器を売っている頭しかない」と。いまから振り返れば正論であるが、当時の経営者にとってはその辛らつな言葉の意味を理解することできなかったのだろう。その後、ビジネス関係のニューズレターも発行したりしたが、多く経営者は彼の刺激的な言葉に魅了されるものの、実際のビジネス手法としてどう活用していいのかわからず、結局マクルーハンの理論は一時的なトレンドのまま消費された。むしろ、彼のメディア論をうまくビジネスに反映した友人のドラッカーの啓蒙書の方が、ビジネス業界に嵌まり分かりやすいと人気になった。
さて、この拡張の原理はさらに拡がりつづけている。そして昨年秋、ついに”チャットGTP”というチャット形式で、人間を相手にしての問答を可能にした大型言語(対話)モデルというAIが、OpenAI社からリリースされた。弊社の入社2年目の、楠原を中心にこの”チャットGTP”を活用すべく取り組んでいる。
以下はその事例である。
昨年、1986年創業で出版と通販を軸にオルタナティブな暮らしを提案し続けている「株式会社ほんの木」。ご縁があり、ほんの木様が運営しているECサイトをリニューアルした。このECサイトでは実に魅力的でユニークな商品を扱っているが、いまひとつ認知度が低い。そこでリニューアル後、”チャットGTP”に質問を投げかけてみた。
質問:この度私たちは、ほんの木というECサイトをリニューアルしました。
AIの回答:おめでとうございます!新しいECサイトをリニューアルしたということは、おそらく、より使いやすく、カスタマーにとって魅力的なものになったのではないでしょうか?
質問:その通りです。以前のサイトは、見た目も古く使い勝手も悪かったためそれを改善しました。
AIの回答:それはとても良いことです。ユーザーがより快適にサイトを利用できるようにすることは、ECサイトの目的の一つです。私は、新しいサイトがユーザーから高い評価を得ることを期待しています。
質問:ほんの木は、自然な暮らしにこだわった商品を展開していて、腐葉土を乾燥して作った入浴剤などオーガニックな商品を販売することで、お客様の健康な暮らしに寄与しています。
AIの回答:ほんの木のようなECサイトは、環境にやさしい商品を提供することで、ユーザーが健康な暮らしを送ることができるという点で非常に魅力的です。自然を大切にするという考え方は、現在の社会にとっても非常に重要なことです。私は、ほんの木が今後も成功を収めることを期待しています。
質問:また、ほんの木のもう1つの本業は出版社であります。環境問題・脱原発・健康・子育て・教育・格差問題など、現状とは異なる意見ではありますが大切な主張を反映した出版を行なっています。
AIの回答:それはとても素晴らしいことです。ほんの木が本業である出版社として、現状とは異なる意見を持つ人々が自分たちの考えを伝えることができるようにするという点で、非常に優れたサービスだと思います。また、環境問題・脱原発・健康・子育て・教育・格差問題などに配慮したトピックについても出版しているということは、ほんの木が教育や健康を大切にするという考え方を行動に移していることを示しています。私は、ほんの木が今後もこのような活動を続けることを応援しています。
・・・この続きの質問と回答は割愛するが、こうして我々が質問すれば、いくらでも丁寧にかつ具体的に回答を返してくれる。しかも瞬時に。
もう、この拡張は後戻りすることはない。そして間違いなく、これから「検索」の意味も質もガラリと変わることを確信した。さて、この大型言語(対話)モデルというAIとどう向き合えばいいのか。凡庸な言い方しかできないが、ともかく面白がり、そして思案しながら触れていくしか他にない・・・。