第1006号『1968年、十六歳の夏』

数日前の朝、いつものように仕事をしながらラジオを聴いていた。リスナーからのリクエストでアンジェラ・アキの『手紙~拝啓 十五の君へ~』が流れてきた。その曲を聴きながら、思い出したことがある。将来、どうしてもデザインや映像の仕事がしたい。その想いを父に告げ許しを得て夏休み期間、桑澤デザイン研究所の夏期講習会に参加するため、夜行列車急行「津軽」に乗り12時間かけて上京した。

出版社でアートディレクターをしていた従兄弟のアパートに転がり込み、憧れの東京での数週間であった。その従兄弟から、新宿凮月堂でお茶を飲んでその後、実験的な映画館ATGで映画を観ることと、天井桟敷で寺山修司の芝居を観ること、さらにもう一つ、企業のポスターを集めることをアドバイスされた。ワクワクしながら、ATGで大島渚監督作品『新宿泥棒日記』を、渋谷から恵比寿に向かう明治通り沿いにあった天井桟敷では『血は立ったまま眠っている』(寺山修司23歳のときの戯曲)を観た。そして、講習会の合間を縫ってトヨタ・資生堂・キリン・サントリーなどの広報室を訪ね、ポスターを集めた。1968年高校2年、十六歳の夏、新宿も渋谷も東京の街はどこもかしこも若く、ギラギラと得体の知れないエネルギーで漲っていた。

今では考えられないが、田舎の高校生が一流企業の広報室にアポをとり、訪ね歩ける時代だった。アポの方法は、各企業の広報室に電話をし、氏素性を告げ、御社のポスターが欲しいと。そして可能であれば、いつ伺えばいいかと話した。こうして、なんと東京に滞在した3週間で100枚ほどのポスターを集めた。そのポスターをみんなに見せたいと思った。弘前に戻り、『ポスター展』をやりたいとデパートの催事担当者に掛け合った。担当者から、あっさりとOKがでた。そればかりか、ラッキーなことに企画料としてお金まで頂いた。仲間と、徹夜で展示作業をした。この『ポスター展』が取材され、地元新聞の小さなコラムに写真付きで載った。

40代のある時期、何故か仕事が上手くいかないことが続いた。けっして、仕事が嫌いなわけじゃないし、手を抜いているわけでもなかった。でも、思うようにいかず悩んでいた。モノづくりの仕事が合っていないのではないか(電話で母にそんな愚痴を言っていた)、とも思いはじめていた。そんな時、たまたま知人の結婚式で帰省した。翌日、帰り支度をしていると父が後ろに立っていた。黙って、丁寧に折り畳まれた古い新聞紙を手渡してくれた。広げると、マジックで小さなコラムが囲まれている。そこには、『ポスター展』を準備している高校生2年の僕と、僕のメッセージがあった。何年も前の、しかも自分自身も忘れていたような記事。高校2年生の僕が何を目指していたかを、もう一度見つめ直すことができた。読みながら、自分自身を信じてあげられなかった悔しさと、父と母への感謝の気持ちで肩が震えた。

”負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
 誰の言葉を信じて歩けばいいの?
 ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
 自分の声を信じて歩けばいいの”

 アンジェラ・アキ『手紙~拝啓 十五の君へ~』より

晴れた日もあれば雨の日もあるし、勝もあれば負けもある。たとえ上手くいかなかくても、仲間と自分を信じることができれば、世間は捨てたものでもないし、それほど悪くもない。それが人生だ。

【お知らせです。】
昨年、倅の初監督作品『百花』が公開されて一ヶ月ほど過ぎたころのことです。彼からメールが来ました。”いままで、自分の頭の中や心の中を小説や映画という「作品」にすることで、伝えようと思ってきたけど、でも今は、すごく小さな、こぢんまりとした部屋のような場所で、興味を持ってくれたわずかな人たちと共有したいとも思うようになった。” と。僕からの返事は、”ファンとの関係をつくる場を持つことで、実現するかもね。”と話しました。そして、打合せを重ね、遂に、川村元気オフィシャルサイトとnoteを使って、ファンとの関係作りの新たな試みが始まります。ご高覧、ご参加のほどよろしくお願いします。

2件のフィードバック

  1. 『新宿泥棒日記』は文京区の大塚にあったプロセス文化堂にて印刷された。私の故郷の豊丘村の出身者でもある社長に頼み込んで、武蔵美の学生だった僕は、夏のアルバイトとしてシルクスクリーンの実習かねてそこで働いていました。毎年のように。
    横尾忠則、宇野亜紀良なんかのポスターは、コレクションした作品としてマップケースの隅に眠っていますね。
    いいお話し耳にしました。

    1. シルクスクリーン、懐かしい響き。横尾忠則、宇野亜紀良なんかのポスターは、コレクションした作品。これ、間違いなくお宝ですね。

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