第1034号『ブランドの意味』

昨今、TVに映し出される政治家の裏金問題や企業のデータ改ざん問題など、謝罪会見での「すみません」という言葉が、薄っぺらでうわべだけのものにしか聞こえない。本来であれば、済むべきはずの事柄が、いまだに未完了の状態にある「済まない」ということに対して、後悔の念を深く詫びるということなのだが、その気持ちが一向に伝わってこない。

こんなにも言葉や信義を小馬鹿にし、かつまた、弱い者がさらに弱い者を痛めつけ、強い者に付き従うだけに留まらず、強きを支えている。記憶するかぎり、これほどまでの有り様を見たことがない。加えて、ことの軽重を取り違いながら、賢い顔を気取っている人々が溢れている時代もなかった。特段、信仰のないこの国の多くの人々が道徳心を失い、コミュニティから切り離され、個々がバラバラに浮遊している。信じるものも、家族も仲間もいない。あるのは金と権力だけ。まさに、桶のタガが外れ水が溢れている。そんな状況だ。

人間だから仕方のないこともあるとは言え、それにも限度はある。そして、自分の犯した過ちに鈍感な人にかぎって、繰り返し虚言癖の病かと思われるような言い訳めいた言葉を吐く。曰く、「自分を信じてくれ」、「今度だけはマジ本当だから」、終いには脅かすかのように「覚えていない!」とか「俺のことが信じられないのか!」と怒り出す。どんなに言い募っても、実態の伴わない言葉では、相手は信じてくれない。

その人を、根本的に信じられるかどうかは、普段から言ったことを実行しているかどうか。その人の行動がすべてである。つまり、言行一致かどうかということ。言ったことはやる。約束したことは守る、ということだ。当たり前のことだが、これが至難である。相手との約束を自分の都合のいいように捻じ曲げたり、ないがしろにすれば、たちまち信用を失う。だからこそ逆に、約束を守るということを真摯に積み重ね、信頼というかけがえのない財産を手に入れることができる。これをブランドと言う。

ブランドとは何か?一言で言えば「友や仲間やお客様、さらに、つき詰めて言えば、自分自身との約束のこと」だ。自戒を込め、まずは自分ブランドを確かなものにするために、日々、言った(約束した)ことを、しっかりと1つ1つ実行していきたい。いま、僕たちが問われているのは、一人の人としての在り方なのだ。

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