第1070号『2024年度映画ベスト10(7位から5位)』

先週1069号から、2024年度版私的映画ランキングを3回に分けてスタートした。その項目の中に、興行収入についての記載がある。読者の方からその理由を問われた。この項目が少し奇異に感じたとのことだった。なるほど、一般的にみたら興行収入など、あまり関心のない事項だろう。そもそも興行収入の多寡と映画の作品としての出来映えとは必ずしもリンクしているわけではない。いやむしろ、興行成績が至上命題となり足枷となって作品の質を落としていたのではないかといわれた作品も、これまでにも少なからずあった。それでも、なぜ興行収入にこだわるのか。この点について、僕の古い体験を少しお話したい。

学卒後日活に入社した。TVに押され、かつての勢いはなくなっていたが、それでも映画製作に関わりたいとの想いで門をくぐった。(その後、残念なことに体調を崩し3年ほどで退職したが)入社してすぐ、調布染地にあった日活多摩川撮影所に配属された。その入所式で当時所長だった黒沢満(後に東映セントラルフィルム社長)が、助監督、製作補など6名の新入社員に訓示を述べた。黒沢氏曰く、「映画は興行である」と。彼は若くして大阪梅田日活の支配人に抜擢された経歴があり、その後、松田優作の『最も危険な遊戯』や『あぶない刑事』シリーズなどのプロデューサーとして活躍し、さらに日活を青春路線からロマンポルノ路線へと立て直しを企てた中心人物でもあった。彼は、劇場で切符のもぎりをやりながら、映画がヒットしたときには、人で劇場が溢れ、札束が舞っていた様子を興奮しながら話してくれた。その資金で、また次の映画が作れるのだ。映画とは紛れもなくテラ銭を稼いで成り立っている。もちろん、時々芸術の顔を見せることもあるが、しかし、その本質はあくまで興行なのだと。そんな彼の訓示をいまでも僕は得心している。ちなみに、作品がヒットし最初に大入り袋をもらった映画は曽根中生監督作品『花の応援団』だった。袋の中は500円玉が1枚。厳しい会社事情を思えば、それでも嬉しかった。

さて、ベスト7位からの発表である。

7.『ラストマイル』
塚原あゆ子監督作品
2024年12月1日 桜木町ブルク13にて鑑賞
2024年8月23日公開
興行収入:59.1億円(2024年12月16日時点)

邦画実写として『キングダム-4』に次ぐ24年度売上2位の作品。テレビドラマ『アンナチュラル』『MIU404』の塚原あゆ子監督、脚本は野木亜紀子のコンビ。

11月、流通業界最大のイベントのひとつ“ブラックフライデー”の前夜、世界的な巨大ショッピングサイトから配送された段ボール箱の爆発事件が発生。やがてそれは日本中を恐怖に陥れる謎の連続爆破事件へと発展していく。巨大物流倉庫のセンター長に着任したばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)は、チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)と共に、未曾有の事態収拾にあたる。誰が、何のために爆弾を仕掛けたのか?残りの爆弾は幾つで、今どこにあるのか?それぞれの謎が解き明かされるとき、この事件の裏に隠された真の問題が浮かび上がる。

おそらくアマゾンであろう流通センターが舞台。飽くなき物欲の祭り、ブラックフライデーに仕込まれた爆破事件。そして、この物流システムに関わることで疲弊していく人々。その一方で、フィロソフィとしてのお客様第一主義やお客様の利便性を妨げないなどの、支配する側のおためごかしな言説。今作品は、物流センターを舞台に、消費社会が抱える矛盾や貧困、そしてラストマイル(物流2024年問題など)をテーマにした極めて今日的で野心的な、(アマゾンはTVスポンサー企業であり、TVでの製作は到底不可能であっただろう)映画だからこそ可能になった作品であり、且つ、興行としても成功したことに賛辞を送りたい。

6.『コット、はじまりの夏』
コルム・バレード監督作品
2024年3月11日 キネカ大森にて鑑賞
2024年1月26日公開
興行収入:不明だが、最終的に2~3千万円か

第95回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートなどで注目されたアイルランド作品。

1981年、アイルランドの田舎町。大家族の中で(疎外感をいだきながら)ひとり静かに暮らす9歳の少女コットは、家族の事情で夏休みを牧場を営む親戚のショーンとアイリン夫婦のもとで過ごすことに。寡黙なコットを優しく迎え入れる親戚夫妻。アイリンに髪を梳かしてもらったり、ショーンと一緒に子牛の世話をしたり、2人の温かな愛情を受けるコット。そんな生活を重ねてゆくなか、当初は戸惑っていたコットの心境にも変化が訪れる。緑豊かな農場で、本当の家族のようにかけがえのない時間を過ごすコットは、これまで経験したことのなかった生きる喜びを実感し、やがて自分の居場所を見つけてゆく。。。

監督・脚本は、数々のドキュメンタリー作品を手がけてきたコルム・バレードで今作が長編劇映画初監督作。出演は、本作で鮮烈デビューを果たしたコット役のキャサリン・クリンチは、史上最年少の12歳でIFTA賞(アイリッシュ映画&テレビアカデミー賞)主演女優賞を獲得。今後が楽しみな役者である。

アイルランドに行ったことはないが、アイリッシュの地の香りがしてくるような風景描写が素敵だ。ひょっとすると自然光だけで撮影したのでは?カメラワークもいい。撮影監督はケイト・マッカラ。本作で全米撮影監督賞にノミネートされている。音楽もいい。2015年にアカデミー賞にノミネートされた『ルーム』で音楽担当をしたスティーブン・レニックス。サントラ盤を探したが、残念ながら見つからなかった。
 
派手な演出や大きな仕掛けもないけど、淡々と描いている中に、優しさや温かさを感じる作品だった。作品全体が透き通っていて、とてもゆったりと流れる時間が心地よい。ラストシーンは、コットの心が染み伝わってきて、涙腺が緩んでしまった。

 5.『ぼくが生きてるふたつの世界』
呉美保監督作品
2024年10月16日 ローソンユナイテッドシネマにて鑑賞
2024年9月20日公開
興行収入:不明だが、最終的に1億2~3千万円か

『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』どちらも僕の好きな、そして評価の高い作品である。その、呉美保監督が9年ぶりに長編映画のメガホンをとり、作家・エッセイストの五十嵐大による自伝的エッセイ『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』を映画化。『キングダム』シリーズの吉沢亮が素晴らしい演技で主演を務め、聴こえない母と聴こえる息子が織りなす姿を描いた物語である。

宮城県の小さな港町。耳のきこえない両親のもとで愛情を受けて育った五十嵐大(吉沢亮)にとって、幼い頃は母の“通訳=コーダ”をすることは普通のことだった。しかし成長するとともに、周囲から特別視されることに戸惑いや、いら立ちを感じるようになり、母の明るさすら疎ましくなっていく。複雑な心情を持て余したまま20歳になった大は逃げるように上京し、誰も自分の生い立ちを知らない大都会でアルバイト生活を始めるが……。

母役の忍足亜希子や父役の今井彰人をはじめ、ろう者の登場人物には、ろう者の俳優を起用。観終わって、久々に亡き母の声が聴きたくなった。

今号では7位から5位までを届けた。次回1071号では、4位から1位までいっきに発表したい。果たして1位はどの作品が選ばれるのか。お楽しみに。

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