第1071号『2024年度映画ベスト10(4位から1位)』

さて、2024年度映画ベスト10の最終回。いよいよ4位から1位までの発表である。早速、始めたい。

4.『関心領域』
ジョナサン・グレイザー監督作品
2024年6月20日 桜木町ブルク13にて鑑賞
2024年2月2日公開
興行収入:82億円(日本のみで3.5億)

アウシュビッツ強制収容所と壁一枚隔てた屋敷で、平和な生活を送る収容所長とその家族の日々の営みを描いた今作。タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルのエリアを指す言葉として使っていた。

ジョナサン・グレイザー監督のキャリアは、当初ギネスのCMや、レディオヘッド、ジャミロクワイのMVの監督からスタートし、97年にはMTVのディレクター・オブ・ザ・イヤーを受賞する。その後、スカーレット・ヨハンソン主演の異色SFスリラー映画『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13年)そして長編第4作目として『関心領域』(23)を世に送り出した。今作はカンヌ国際映画祭でパルムドールに次ぐグランプリに輝き、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞の5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した。加えて、出演は主演作『落下の解剖学』でもカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したサンドラ・ヒュラー。素晴らしい演技だった。

もうひとつ、この映画の特出すべき点を述べたい。それは、「音」の設計だろう。ずっと”なにか”の音が響き続けている。それはときに銃声のように、ときに悲鳴やうめき声のように、ときに人体を焼く炎の音のように聞こえる。これらの音の設計についての記事がある。引用したい。

”グレイザー監督は音響デザイナーのジョニー・バーンに「1年かけてアウシュビッツの音の専門家になって欲しい」と依頼。バーンは当時のアウシュビッツの地図や証言を読み込んだ上で、当時どんな音が彼らの耳に響いていたのかを研究。実際にアウシュビッツにまで赴き、庭と収容所の距離を測った上で、家の中からの銃声の聞こえ方までをも正確に再現したり、その季節に飛んでいる虫の羽音が何なのかを調べたりしたそう。そうやって緻密に作り上げた音響ライブラリーがこの作品にもたらした効果は凄まじく、音も含め、今まで観た映画の中でいちばん怖い”
〈オスカー受賞の話題作『関心領域』をネタバレ解説。悪意と無関心はイコールなのか」(mi-mollet)より〉

全編にわたり、通底する音と具体的に結びつくような映像はないが、絶えず観るものに「想像」することを要求し続ける。その想像は、「これはなんの音だろう」というところから始まり、次第に「いま、人が殺されたのではないか」あるいは「何人の人が焼かれているのだろうか」という想像へと拡張されていく。

本作の完成までにおよそ10年もの年月をかけたジョナサン・グレイザーと製作チームが、詳細で綿密な取材と調査のもとに築き上げたのはまさにこの「狂気の歴史が折り重なった想像力」ではないだろうか。そして、『関心領域』に刻み込まれたその「狂気の歴史が折り重なった想像力」が、音を通して私たち観客の「想像力」を導き拡張させる。映画だからこそ出来えた想像空間である。

3.『ルックバック』
押山清高監督作品
2024年7月10日 桜木町ブルク13にて鑑賞
2024年6月28日公開
興行収入:20.2億円(2024年10月7日時点)

『チェンソーマン』で知られる人気漫画家・藤本タツキが、2021年に「ジャンプ+」で発表した読み切り漫画『ルックバック』の劇場アニメ化。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』や『君たちはどう生きるか』などさまざまな話題のアニメに携わってきたアニメーション監督の押山清高が、監督・脚本・キャラクターデザインを手がけ、ひたむきに漫画づくりを続ける2人の少女の姿を描いた青春物語。

ドラマ『不適切にもほどがある!』や映画『四月になれば彼女は』『あんのこと』などで活躍する河合優実が藤野役、映画『あつい胸さわぎ』『カムイのうた』などで主演を務めた吉田美月喜が京本役を担当し、それぞれ声優に初挑戦した。

学生新聞で4コマ漫画を連載し、クラスメイトからも称賛されている小学4年生の藤野。そんなある日、先生から、同学年の不登校の生徒・京本の描いた4コマ漫画を新聞に載せたいと告げられる。自分の才能に自信を抱く藤野と、引きこもりで学校にも来られない京本。正反対な2人の少女は、漫画へのひたむきな思いでつながっていく。しかし、ある時、すべてを打ち砕く出来事が起こる。

自身の半生と現実に起こった事件(京アニ事件)を投影し、紡ぎ合わせて描いた力強いフィクション。キャラクターたちの画としての魅力、アニメーションのダイナミックな動きの面白さと繊細な変化の情感、そしてストーリーの味わい深さが完璧に凝縮された奇跡のような58分。 過去の選択を悔み続けたり、起きてしまった悲劇に怒りや恨みを抱き続けたりしても何も変わらない、きちんと受け止めたうえで、前を向いて自分にできることをやる。「過去を振り返り」そして「前を向こう」と。僕たちを励まし、心に沁み入る傑作である。

2.『侍タイムスリッパー』
安田淳一監督作品
2024年9月15日 桜木町ブルク13にて鑑賞
2024年8月17日公開
興行収入:8億円(製作費2600万円の低予算)

京都の時代劇撮影所にタイムスリップした幕末の侍が、時代劇の斬られ役として奮闘する姿を描いた時代劇コメディ。物語の始まりは幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)は家老から長州藩士を討つよう密命を受けるが、標的の男と刃を交えた瞬間、落雷によって気を失ってしまう。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所だった。新左衛門は行く先々で騒動を起こしながら、江戸幕府が140年前に滅んだことを知り、がく然とする。一度は死を覚悟する新左衛門だったが、心優しい人たちに助けられ、生きる気力を取り戻していく。やがて彼は磨き上げた剣の腕だけを頼りに撮影所の門を叩き、斬られ役として生きていくことを決意する。

脚本が良い。起承転結がしっかりと組み立てられ、最後の落とし所と物語の回収にも破綻がない。タイムスリップものであるが、幕末の会津藩士という設定が物語に深みを加えている。キャストが良い。特に主役の山口馬木也はまさしく本物の侍のような所作を見せてくれる。他の出演者たちも実力派揃いでスクリーンに引き込まれた。予算をかけずとも、面白い作品を作ることはできる。監督の映画愛と、映画の新たな可能性を感じさせる力作である。

1.『デューン砂の惑星 PART2』
ドュニ・ヴィルヌーヴ監督作品
2024年3月15日 桜木町ブルク13にて鑑賞
2024年3月15日公開
興行収入:世界興収約7億ドル(24年興収ナンバーワン映画)

『メッセージ』『ブレードランナー2049』と、作品としても興行としても成功させたドュニ・ヴィルヌーヴ監督が、フランク・ハーバートのSF小説を映画化した『DUNE デューン 砂の惑星』の続編。ルカ・グァダニーノ監督作品『君の名前で僕を呼んで』(17)で頭角を現し、いまや当代随一の映画スターに登りつめたティモシー・シャラメ、そして前作同様のゼンデイヤとレベッカ・ファーガソンの顔ぶれ。第97回アカデミー賞では作品賞のほか、撮影賞、美術賞、視覚効果賞、音響賞と技術部門を中心に計5部門でノミネートされた。

僕の中で、80年台のエポックメイキングな映画体験として挙げられるのが、デビット・リンチ監督作品『砂の惑星』(1984)とリドリー・スコット監督作品『ブレードランナー』(1982)の2作品。いずれもカルトムービーであり、映画史に残る傑作である。この両作ともリメイクしたのが、ドュニ・ヴィルヌーヴ監督である。これまで、リメイク版が成功したという事例をあまり聞かないが、そうした風説を一笑のものとして、『ブレードランナー2049』『DUNE デューン 砂の惑星』『デューン砂の惑星 PART2』と、先達を凌ぐ作品に仕上げたことに驚愕する。

今作を通して、つくづく映画とは映像と音であることを思い知った。物語が進むにつれ、視覚と聴覚が熱を帯びて研ぎ澄まされていく。前作がいわば苦難の物語だったのに対し、今作は猛然と突き進む復讐劇。そのカタルシスをヴィルヌーヴ監督は夢の底から迫り出してくるかのような幻想と陶酔の映像演出で描く。冒頭の戦闘での畏怖するほどの静けさや、その後の体内の水をめぐる生態学的な描写、音や手話を駆使する意志伝達にしても、全てが言葉を超えた映画体験として提示される。それでいて優雅で深遠。終盤へ向け表情を変えゆくシャラメの存在感に酔いしる。見事な調和、美術、音楽、あらゆる意匠が砂漠のキャンバスで混ぜ合わさり、原作者F.ハーバートが創りだした複層的テーマを、威厳を持って成立させている。

最後に付録として、今回10位以内には選ばれなかったが、気になった作品を順位は付けず、作品名と監督のみで鑑賞した日付順に紹介したい。

『ゴールディンカムイ』
久保茂昭監督作品
2024年1月22日 桜木町ブルク13にて鑑賞

『サンセバスチャンへようこそ』
ウディ・アレン監督作品
2024年1月22日 桜木町ブルク13にて鑑賞
2024年1月19日公開
興行収入:29,6億円

『四月になれば彼女は』
山田智和監督作品
2024年2月28日 TOHO試写会にて鑑賞

『パストライブス』
セリーヌ・ソン監督作品
2024年4月6日 TOHO上大岡にて鑑賞

『オッペンハイマー』
クリストファー・ノーラン監督作品
2024年4月23日 桜木町ブルク13にて鑑賞

『アイアンクロー』
ジョーダーキン監督作品
2024年4月26日 キノシネマみなとみらいにて鑑賞

『悪は存在しない』
濱口竜介監督作品
2024年5月3日 関内シネマリンにて鑑賞

『碁盤切り』
白石和彌監督作品
2024年5月22日 TOHO上大岡にて鑑賞

『モンタレイポップ』
DAベネベイカー監督作品
2024年6月8日 シネマアミーゴ逗子にて鑑賞

『ホールドオーバーズ』
アレクサンダー・ペイン監督作品
2024年7月4日 キノシネマみなとみらいにて鑑賞

『青春18✕2 君へと続く道』
藤井道人監督作品
2024年8月4日 Netflixにて鑑賞

『大いなる不在』
近藤啓昭監督作品
2024年8月7日 キノシネマみなとみらいにて鑑賞

『夜明けのすべて』
三宅唱監督作品
2024年8月7日 Netflixにて鑑賞

『ブルーピリオド』
萩原健太郎監督作品
2024年9月15日 ローソンユナイテッドみなとみらいにて鑑賞

『ナミビアの砂漠』
山中遥子監督作品
2024年9月16日 Tジョイ横浜にて鑑賞

『愛に乱暴』
森ガキ侑大監督作品
2024年9月16日 ローソンユナイテッドみなとみらいにて鑑賞

『こちらあみ子』
森井勇佑監督作品
2024年9月17日 Netflixにて鑑賞

『シビル・ウォー』
アレックス・ガーランド監督作品
2024年10月16日 ローソンユナイテッドみなとみらいにて鑑賞

『イコライザー-1』
アントワーン・フークア監督作品
2024年11月27日 Netflixにて鑑賞

『イコライザー-3』
アントワーン・フークア監督作品
2024年11月30日 Netflixにて鑑賞

『ミッシング』
吉田恵輔監督作品
2024年12月16日 Netflixにて鑑賞

どれも佳作であり、オススメできる。映画鑑賞の参考にしていただければ幸甚である。

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