第245回「ヨコハマメリー」

ヨコハマメリー

「上善は水の若し。」
老子はそう言った。
最高の美徳とは水のようなものである。
水はすべてのものを潤し、逆らわず、争わない。
人と争わず、人のためになり、人にへりくだる。
つまり、人の質を磨くということは、水を見習うことである。と。
老子は弱者の立場に立った哲学である。

週末、ドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」を観た。
横浜に住んでいたころ、僕も時々彼女を見かけた。
歌舞伎役者のように顔を白く塗り、貴族のようなドレスに身を包んだ老婆が、ひっそりと街角に立っていた。
その場所は、関内だったり、馬車道だったり。
まだ本牧に米軍キャンプ地があったころ、根岸に向かうバスの窓から、ゲートの前でひらりひらりと舞う彼女の姿を見たこともあった。

本名も年齢も明かさず、戦後50年間、娼婦として生きた人だと、噂で聞いた。
“ハマのメリーさん”はかつて絶世の美人娼婦として名を馳せた。
その気品ある立ち振る舞いは、いつしか横浜の街の風景の一部ともなっていた。
ところが、1995年冬、メリーさんが忽然と姿を消した。
そして、膨らんでいく噂話。
いつのまにかメリーさんは都市伝説のヒロインとなっていった。
そんなメリーさんを温かく見守り続けていた人達にカメラが向けられる。

病に侵され、余命いくばくもないシャンソン歌手・永登元次郎さんもその一人だった。
元次郎さん自身も、かつて男娼として街角に立っていたこともあったという。

監督は本作がデビューとなる、若干30歳の中村高寛。
メリーさんが街から消え、彼はその影を追い、様々な人々へのインタビューが映し出される。
そして、見えてきたものは、ごく普通の人や社会的にみれば弱者の人たちの優しさや善意である。
清々しく温かい作品である。

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