第291号『光のアーチ』

【門】
【門】

困ったことに、ムズムズとやる気が起きてきた。
会社を立ち上げたのを期に、封印していた虫が這い出してきたからだ。
トライアスロンは、水泳と自転車、そしてマラソンとの複合スポーツである。
32歳のとき、スポーツ雑誌「ターザン」の小さなコラムでこの奇妙なスポーツの存在を知り、それから20年、年に2、3回レースに参加してきた。

最初に参加したのが1984年3月、タイのパタヤビーチでのレースだった。
乾季から暑季に気候が変わる時期で、サウナの中を走っているようだった。

スイムからあがって自転車に乗る、スイムの苦手な僕にとってはこれでもう大丈夫とホッとした。
そして、自転車からランに移るころには日も暮れかけていた。
ところが最後のランを走り出し、5キロほどのところで、足が動かない。
水泳、自転車、ランとそれぞれに関門があり、ある一定の時間までに通過しないと失格になる。
水泳の遅れを自転車で挽回しようと無理をしたのが響いた。
これで、果たしてゴールまで辿り着くことができるのだろうかと不安になった。
ともかく、次の3キロ先、そしてそのまた次の3キロ先にあるエイドステーションに辿り着くことだけを考え、右と左の足を交互に動かした。

スタートから10時間以上経ち、辺が暗くなる。
見渡せば、人影もまばらである。
先行くレースに参加している人の後ろ姿を必死に追いながら、なぜか涙がポロポロ溢れた。
ただただ、不安だった。
このままではゴールに辿り着けないのではないかと思った。

こうして、足を引きずりながらどうにかこうにか最後の角を曲がった。
すると暗闇から突然、光が溢れ人垣と歓声そしてGOALと書かれた横断幕が50メートル先に見えた。
見たことも無いが神の国の入口があるとすれば、きっとこんな感じなのかなと思った。
いつのまにか、溢れる涙は不安から歓喜の涙に変わっていた。

はたしてどこまでできるか、まだまだリハビリの状態だが来年の夏はもう一度あの光のアーチを潜りたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です