ディズニーアニメ「ファンタジア」のなかで魔法使いの弟子になったミッキーが、先生の留守の間に水汲みを命じらる。
師匠が留守のあいだに、覚えたばかりの呪文の効き目を試してみるいいチャンスとばかりに弟子は聞きかじりの呪文で箒に水汲みをさせる。
仕事はすこぶるはかどる。
桶の中に水もいっぱになった。
しかし箒は水汲みを止めない。
止めさせるには別の呪文が必要だ。が、それはわからない。
止めようとして斧で箒を真っ二つにする。
ところが、箒は2本に増え、倍の勢いで水を汲み上げる。
どんどん水を汲み上げる。
桶から溢れた水は家中を浸しはじめる。
そこに師匠が戻り呪文を一言。
箒はもとのただの箒にもどる。
何事も無かったかのように事態は収まり、ミッキーはお灸をすえられる。と、こんな話しであった。
もともとゲーテが書いた詩「魔法使いの弟子」に触発され、19世紀フランスの作曲家ポール・デュカスが曲を作った。
これをベースにウォールト・ディズニーが極めて教育的なアニメに再現したのである。
終わらせ方の知らないものを安易に始めると、収拾の付かない事態が待ち受けているという教訓譚である。
核兵器に転用せず、核燃料リサイクルとして平和利用すること、これが日本の核に関する世界公約でありイデオロギー(平和利用という名の欺瞞)でもある。
使用済み核燃料を再処理し、プルトニュウムを回収後ウランとプルトニュウム混合酸化物燃料に加工して再度原発で燃やすのがプルサーマル計画である。
しかし、95年に起きた「もんじゅ」のナトリウム漏れの事故で高速増殖炉開発は止まったまま、さらに今回の東京電力の原子力発電不良点検箇所隠蔽によりこのプルサーマル計画そのものも当分実施不可能な状態であるという。
その一方で、核燃料再処理施設が集中する青森県六ヶ所村にはそのプルサーマル計画に基づく使用済み核燃料の搬入が続き現在711トンがすでに運びこまれているという。
全国から集められた「核のゴミ」がなんの見通しもないまま集中し核のゴミ捨て場となっている。
三沢空港で見かけた六ヶ所村のポスターのキャッチコピー「桃源郷へ」とはブラックユーモアとして秀逸である。
「安定した電力供給による便利な生活。それにともなうリスクへの容認。」
その理屈には説得力があるのか。
はたしてそれが恩恵とリスクのバランスと呼べるものなのか。
事故が起きれば地域や世代を超えて被害が続く。
事実、チェルノブイリでは目を覆う惨状が横たわっている。
青森では秋から冬にかけて太平洋側の南部地方から日本海側の津軽地方への季節風が強くなる。
風が吹けば、父と母がそして甥と姪が住む町までひとっ飛びでそれはやってくる。