第373号『「井上有一遺墨展」を観た』

【井上有一遺墨展ポスター】
【井上有一遺墨展ポスター】

みぞれ混じりの雨が降る日、隅田区のリバーサイドホールにて「井上有一遺墨展」を観た。

井上有一(1916年〜1985年)、書家。
海外での評価は日本以上に高い。
特に書法の国、中国での評価は突出している。
ルネッサンス以降の101人を選んだ叢書「世界の名画家全集」でセザンヌ、ヴァン・ゴッポと列び、日本からは井上ただ一人、選ばれている。

この、展覧会のもう1つのタイトルは「三月十日東京大空襲」。

昭和20年3月10日、夜半12時8分、第1弾のナパーム製高性能焼夷弾が投下された。
そして、2時間半にわたり、江東区・墨田区・台東区に波状絨毯爆撃が行われた。
阿鼻叫喚。
あたり一面、火の海となり、人々は火の猛威から逃げまどい、性別もわからないような塊の炭と化すまで焼き尽くされた。
死者10万人、負傷者4万人、被災家屋約27万世帯。
焼失面積41万平方メートル。
虐殺である。

井上自身、65年前のこの日、墨田区の横川国民学校に教員として勤務していて罹災。
構内で1000人余の焼死体の中から奇跡的に救出され、7時間後に蘇生した経験を持つ。
この、仮死体験が井上の人生にとって大きな転機となった。

展示された「噫横川国民学校」は東京大空襲の日から“三十三回忌”の年に書したものである。
その、書の前に立つ。
まるごと原体験をたたきつけるような筆致から、唸るように激しい怒りと哀しみが、生のまま伝わってきた。
文字は、怨念をも伝えるうるものなのか。

会場を出ると、みぞれがさらに激しく降ってきた。
65年前、みぞれではなくナパーム弾が降り、全てが焼くつくされた街を想像してみた。
いま街は、その痕跡すら見つけることが難しい。
しかし、いやむしろ、街から全土に、心の焼け野原が広がり続いているように感じた。

2件のフィードバック

  1. 私も見たかったです。
    ううっ。見逃してしまった。
    またアンテナ張りなおしておきます。

  2. >あきりんこさま

    井上有一の作品は本当に凄いの一言につきます。もっともっと知られるべき作家だと思います。そして、8月の終戦記念日と同様か、それ以上に3月10日の
    東京大空襲は知ってもらうべき歴史ではないでしょうか。

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