【岩塚製菓のおこせん】
閾値(いきち)という言葉を知ったのは、原宿クエストホールでの動物行動学者ライアル・ワトソンの講演会だっか、『生命潮流ー来るべきものの予感』(ライアル・ワトソン著小幡和枝、他訳)の翻訳者、小幡和枝さんから伺ったのか、判然としない曖昧な記憶である。
なにしろ、いまから30年以上も前のことである。
ただ、この話のストーリーはしっかりと記憶に残っている。
”宮崎県串間市の幸島に棲息する雌猿の一頭が、ある日突然、海水で芋を洗って食べる事を覚えた。芋についていた泥や砂を洗い流し、塩味で芋がさらに美味くなった。そして彼女は「イモ」と名付けられた。この様子を見ていた他の猿たちも海水で芋を洗い食べるようになり、次第にその数が増えていった。こうして閾値(ワトソンは仮に100匹としている)を超えたとき、その行動が群れ全体に広がり、そして驚いたことに、場所を隔てた別の猿の群れの中からも突然、海水で芋を洗い食べる猿が現れるようになった。”
このお話はワトソンが『生命潮流』という著作の中で、ある種の暗喩として創作したものである。
しかし、この寓話は、まったくの作り話ではない。
ベースになる話はこうだ。
”地元の小学校教師、三戸サツエが第一発見者だった。53年夏、1歳半の雌猿が芋を海水で洗っているのを見た。餌付けのために与えた芋に土がついており、それを洗って食べていた。知らせを聞いた京大の研究者がこの子猿に「イモ」と名付け、行動を注意深く見守り続けた。のちに京大教授となる川村俊蔵が日本語で最初の論文を書き、発見から12年後、1965年に河合雅雄が『プリマーテス』という英文の国際学術誌に論文を書き結実した。”
水が100度で熱湯になるように、海水で芋を洗う猿が現れるように、思考や動作がある一定の数を超える(=閾値)と、カタチや行動が変容することは起こりうることだ。
まさしく、ビジネスでも、こうした変容が起こり始めている。
特に顧客との関係性において、これまでの座組とはまったく違う姿が現れてきた。
今回、まさしくこのど真ん中で「企業ファンサイト2.0」を実践している岩塚製菓株式会社マーケティング部長(営業企画部・商品企画部)執行役員高橋宏明部長との前半・後半2回にわたっての対談である。
はじめに、岩塚製菓株式会社についてふれたい。
岩塚製菓株式会社は、日本有数の米どころ・新潟県の長岡市に本社を置く米菓メーカーだ。
おせんべい、あられ、おかきなどの全商品に国産米を100%使用し、こだわり抜いた製法で安全・安心な商品をお客様に届け続けている。
現在、弊社がお手伝いしているのは、育児中のママとパパを応援する「※1おこせん」、大人向けのおつまみを楽しむファンが集まるコミュニティサイト「※2大人のぽりぽりクラブ」の2つのファンサイト。
『これからはファンとの交流が企業の強みになる』と題し、サイト全体を指揮するマーケティング部・高橋宏明部長に、自社メディアとしてのファンサイトの可能性や、今後の課題などについて伺った。
●「人口の増加を前提とした販売」戦略からの脱却
川村:私が岩塚製菓さんとお仕事をさせていただく中で、何よりも共感しているのが、ものづくりへの姿勢です。槇春夫社長から伺った、創業にまつわるエピソードが大好きなんです。
高橋:そう言っていただけるととてもうれしいですね。私たち岩塚製菓は1947年にかつて新潟にあった岩塚村(現在の長岡市)で創業した企業です。雪深い地域なので、当時、地元の方は冬に出稼ぎをしなければ生活ができませんでした。そこで、地域に産業を興して出稼ぎに行かなくても暮らしが成り立つようにしたいという強い思いからスタートしています。
川村:郷土に対する強い愛着と、共に豊かになるための先人の努力が岩塚製菓さんの源泉になっているのですね。だからこそ、なのでしょうが商品の原材料に新潟県産はもちろんのこと、国産米を100%使用しているところもすばらしいですよね。
高橋:地元への貢献はもちろんですが、米菓は日本を代表する食文化の一つでもあります。国産へのこだわりはお客様の安全・安心にもつながります。この点が、私たちの一番の特長だと自負しています。
川村:岩塚製菓さんと初めてお仕事させていただいたのが、「おこせん」をスタートした2017年だったと思います。自社のファンサイトを立ち上げるきっかけは何だったのですか?
高橋:弊社では3年毎に市場の変化に合わせて中期的なビジョンを作り、それに向けて計画を立案しています。その一つとして、2016年に打ち立てた方針により、消費者を起点としたデジタルメディアを運営することを決めたのが理由です。
川村:どのようなビジョンを作成したのでしょうか?
高橋:ビジョンについてお話しする前に、まず当時の状況について説明させてください。2016年以前から弊社で一番の問題としていたのが、人口減少の現状でした。2008年の1億2,808万人をピークに減少に転じたことで、販路を含め大きく方向転換を強いられることになったのです。
川村:どの産業界にも共通した問題ですね。
高橋:特にナショナルブランドを持つ食品業界の多くは古くから、商品を置かせていただくチェーンストアとともに成長してきた歴史があります。戦後からの人口増加に合わせてチェーン展開している小売店が店舗を拡大、それに伴い商品は売れ行きを伸ばしてきました。言い換えれば、人が増えるからこそ食品メーカーは成長することができたのです。それが、人口が減少に転じた途端、必然的にチェーンストアも縮小し、販路の土台が崩れることになります。
川村:つまり、食品を求める胃袋が少なくなるほど、当然ながら消費も減る、と。
高橋:その通りです。私たち食品業界では、よく言われている事があります。それは「勝ち馬に乗る」というものです。全てではないとは思いますが、いわゆる伸びしろのある企業と手を組み、店舗拡大とともに商品の売り上げを伸ばしていくという戦略です。
川村:確かに、店舗数を増やしている急成長のチェーンストアに商品を置かせてもらうほうが売り上げの向上はもちろん、販売エリアも自動的に広がりますね。
高橋:ええ。つまり、食品業界はチェーンストアという流通の近代化に支えられていたとも言えます。
川村:これまで、大手の百貨店やスーパーマーケットを対象にした販路の開拓は当然の流れだった。また、販売する側としても岩塚製菓さんのように魅力的な商品を作る企業との取引きは外せないでしょう。
高橋:しかし、人口減少によって従来の販売手法に加え、新たな成長戦略が必要になったというわけです。こうした流れのなかで、いかに大手チェーンストアに商品を置く棚の枠を勝ち取るか、という営業方法に加え、消費者に対してもこれまでとは違うアプローチをしていくことが課題となったのです。
川村:その施策の一つが、自社でメディアを育てる。つまり御社独自のファンサイトを立ち上げるということだったですね。
対談の前半終了。
後半はファンサイト通信871号『企業ファンサイト2.0-15』へつづく。
※1 おこせん:岩塚製菓のロングセラー商品「お子様せんべい」(・岩塚のお子様せんべい・がんばれ野菜家族・がんばれ!小魚家族)を背景としたファンサイト。「泣き止み」や「寝かしつけ」といったテーマを通して、育児中のママと・パパを応援するファンサイト。赤ちゃんの笑顔が日本一集まったサイトでもある。
※2 大人のぽりぽりクラブ:岩塚製菓の(・黒豆せんべい・味しらべ・ふわっと・味しらべ・大袖振豆もち・田舎のおかき・えび黒こしょう・えびカリ・塩わさび・黄金の揚げもち)おやつに、小腹満たしに、そしてお酒のおつまみとして米菓を楽しんでもらうためにの新しい食べ方の提案やちょっとした小話を紹介。
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