【今週届けられた花】
先日、新聞の投稿欄でこんな記事をみつけた。
”東京・池袋の支援団体で路上生活者や生活困窮者への炊き出しボランティアをしている60代の方からの投稿。
並ぶ人は例年なら150人程度だが、今年はコロナ禍の影響で300人を超えているという。
配っているものは、お弁当、パン、お茶、防寒着、下着、歯ブラシなど。
衣類のほか、生活雑貨で選べるのは3点までと決められている。
列に並ぶ人たちの中には殺気立っている人も多い。
そんな中、この投稿をした方の(お花屋さんの)お友達から50本ほどのお花を寄贈してもらったと言う。
でも、こんな状況で、花なんか選ぶ人がいるのかなと思っていたら・・・。
恐る恐る、花をもらってもいいかと聞く年配の人や、毛布を抱えながらチューリップを選んだ女性、スイトピーを手に立ち去った若者らで、50本の花はまたたく間に無くなったと言う。
続けて、こう書いている。
お花は生きるために必要なものではないかもしれない。
でも、お花を手にした人のつかの間の笑顔が素敵だった。”
概ね、こんな内容だった。
気がつけば、コロナ禍の世界で、僕たちはもう一年も生活している。
実は、昨年の5月ころ重苦しさと閉塞した日々のなかで、妻も僕も少し情緒不安定な状態になりかけていた。
ある朝、ゴミを捨てに外に出た。
自宅のある3階から階段を降りていくと、1階の踊り場の隅にバケツがあり、その中に紅色の花が十数本、投げ入れられている。
そして、壁には「ご自由にどうぞ」と書かれた張り紙があった。
集合住宅ではあるが1階には専用庭があり、階下の隣人は趣味で花を育てている。
これまでも、たまにこうして花を置いて、お裾分けをしてくれていた。
しかし、これまで僕は、このお花をもらったことはなかった。
この日、ゴミを捨ての帰り階段を登ろうとした時、なぜかそのバケツにある花々に目が行った。
そしてバケツから3本いただき、持ち帰った。
自宅に戻り、棚の奥から埃のかぶった花瓶を探しだし、花瓶を洗いきれいな水を注ぎ、花を活けた。
すると、不思議なことに、それまでのどんよりと沈んだ気分が、なんだかパッと明るくなり、部屋の空気までもが入れ替わったように感じた。
お花を飾ったことを、誰よりも妻が喜んだ。
彼女の笑顔がそれを証明していた。
こうして、我が家では定期的に花を飾ることになった。
これも、コロナ禍での生活の変化の一つだ。
コロナ禍での生活で、変わったことは何か?
あらためて、一年を振り返り考えてみた。
・リモートワークにしたことで、電車に乗らなくなった。
・打ち合わせの食事代の領収書がグッと減った。
・映画館で映画を観ることが減り、結果としてTVやDVDでの映画の鑑賞数(観ていても、途中で止めてしまうことが多い)も激減した。
・妻との散歩が日課となった。
・週2回、リモートでの筋トレのレッスンに妻と参加している。
・夕食が居酒屋風になり、家飲みが最大の楽しみとなった。
・近所のスーパーマーケットに行く回数が増えた。
・体重が増えた。
・アマゾンで本を買う回数が増えた。
・部屋に花を飾るようになった。
なにげに思いつくままで、10個もあった。
あなたの生活では何か変わりましたか?