米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、1月24日に第95回アカデミー賞のノミネート作品を発表した。最多となったのは、ミシェル・ヨー主演作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(10部門11ノミネート)。次いで、『西部戦線異状なし』(Netflixで配信中)(9部門)、『イニシェリン島の精霊』(8部門9ノミネート)が追い、混戦の様相を極めているという。
お正月休みに映画館での鑑賞を増やそう思っていたのだが、1月2日にアキレス腱断裂という怪我のため、予定していた『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』・『THE FIRST SLAM DUNK』・『イニシェリン島の精霊』・『ある男』・『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』も観ることが出来なかった。しかし、米アカデミー賞の話題が沸き起こるこの時期の恒例ということで、不完全燃焼ではあるが、昨年3月以降から今年2月現在まで、映画館で観た私的TOP10を発表したい。
1回でお届けするにはテキストの分量がいつもより多いので、前編後編の2回に分けて発表したい。今号『2022年度 映画私的TOP10-前編』では、10位から6位までの発表である。
10位.『百花』
川村元気監督作品
2022年9月11日:TOHOシネマズ上大岡にて鑑賞
いきなりではあるが、倅の作品がTOP10位に入った。私的ということではあるが、親バカな目線が含まれていることはご容赦いただきたい。
認知症を患い記憶を失くしていく母と、それに向き合う息子を描いた物語。プロデューサーとして多くの映画に携わってきた川村元気が自身の著書を、監督&共同脚本で映画化した。息子の泉を『糸』の菅田将暉、母の百合子を『愛を乞うひと』の原田美枝子が演じる。
プロデューサーという“本業”を通して、様々なタイプの監督と間近に接していればこそ、自著『百花』(文集文庫)の映画化企画に監督として参加するという選択は暴挙ではないかと揶揄されることは、本人も百も承知であったはずだ。
撮影は、1シーン1カットを採用している。その理由を川村監督はこう語っている。「人間の脳の働きをそのまま映像化したかった。僕らの生きている実人生に当然ながらカットはかからないから」と。さらに、カラーチャートを巧みに駆使し、役者の衣装の配色(例えば原田美枝子のキーカラーは黄色、菅田将暉は青色)までも計算している。加えて、脚本を一度ばらばらにし、チャート図のように再構築もしたという。まるで緻密で巨大な建造物を組み立てているかのようだ。ただこうした実験的な試みには、しばしば予定調和を逸脱することが常であり、観るものの理解を置いてきぼりにするという難点もある。
しかしながら、こうした挑戦的な作品が大手配給会社で製作された意義は大きい。ともすれば型通りの作品が多数を占め、国内マーケットに執着する日本映画界に風穴を開ける役割を担うという野心(静かに計算された熱い心意気)を感じた。監督第2作にどのような題材を準備するのかも含め、今後の動向に注視したい。加えて、過去にアルフレッド・ヒッチコックやダニー・ボイルら巨匠たちが受賞してきたサン・セバスティアン国際映画祭。2022年第70回サン・セバスティアン国際映画祭にて、今作『百花』で日本人初の最優秀監督賞に輝いたことも快挙であり、今後の伸び代として、このことも評価されていいのではないか。
9位.『トップガン マーヴェリック』
ジョセフ・コシンスキー監督作品
2022年11月13日:横浜ブルク13 IMAXにて鑑賞
ジョセフ・コシンスキー監督はインタビューに応えて、トム・クルーズ主演の『トップガン マーヴェリック』が大ヒットしたのは昔ながらの映画だったからだと考えていると語った。
「我々はこの映画を可能な限り、最上の大きなスクリーンで楽しんでもらえるように製作した。みんなは35年ぶりにトムがマーヴェリックを再演するのを観ずにはいられなかったし、それは本当にワクワクすることだった。だから昔ながらの映画を作りたかったんだ」そして、「昔流のやり方に最新のハイテク装置を装備して撮影した。観客はその実践的な映画の撮影につぎ込まれた我々のすべての努力を感じてくれたんだと思う。座席の端をつかむような手に汗握る映画だったという感想が絶えない。」と。
このインタビューを読んで、映画の父であり始祖と称されるリュミエール兄弟のエピソードが思い浮かんだ。およそ130年前、彼らは空き地に天幕を張り、有料で観客を入れ上映した。その映像は蒸気機関車が走りながら観客に迫ってくるというものだった。皆、度肝を抜かれた。そして、それは当時大きな話題となった。これが映画の始まりである。映画とは、その始まりから世の中に稀なもを開陳するという(金を取って観せる)興行だった。昨年度、この映画の映画たる所以を最も見事に具現化したのが『トップガン マーヴェリック』であったことは間違いない。
8位.『ローレルキャニオン 夢のウェストコースト・ロック』
アリソン・エルウッド監督作品
2022年6月27日:シネマ・ジャック&ベティにて鑑賞
「夢のカリフォルニア」ママス&パパス、「ミスター・タンブリンマン」ザ・バーズ、「テイク・イット・イージー」イーグルス、ジョニ・ミッチェル、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)などウェストコースト・ロックの聖地、ローレル・キャニオンでの彼らの活動を捉えたドキュメンタリー。
1960年代半ばから70年代にかけて、アメリカ西海岸を拠点とするミュージシャンたちによって生み出されたウェストコースト・ロック。アコースティックを基調とした演奏スタイルと、叙情的なメロディやハーモニーを重視したサウンド作りで、日本でもブームを巻き起こした。ロサンゼルス近郊、ローレル・キャニオンには、ザ・バーズ、ママス&パパス、イーグルスなど多くのミュージシャンが引き寄せられるように移り住み、数々の名曲を生んだ。膨大なフィルムライブラリーから厳選された貴重な映像や写真と共に、アーティストたちがその歴史と功績を振り返る。監督はオーストラリア出身のアリソン・エルウッド。音楽とともに記憶の中の点と点が繋がり、青春の幾多の思い出が鮮やかに蘇った。
7位.『わたしは最悪』
ヨアキム・トリアー監督作品
2022年7月13日:T・ジョイ横浜にて鑑賞
ノルウェー・フランス・スウェーデン・デンマーク合作映画。デンマーク出身のヨアキム・トリアー監督作品。2021年・第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で女優賞を受賞、2022年・第94回アカデミー賞では国際長編映画賞と脚本賞の2部門にノミネートされた。加えて、映画初主演にしてユリヤ役を演じたレナーテ・レインスヴェが、カンヌ映画祭で女優賞を受賞。
30歳という節目を迎えたユリヤ。これまでもいくつもの才能を無駄にしてきた彼女は、いまだ人生の方向性が定まらずにいた。年上の恋人アクセルは作家として成功し、最近しきりに身を固めたがっている。ある夜、とあるパーティに紛れ込んだユリヤは、そこで若く魅力的なアイヴィンに出会う。ほどなくしてアクセルと別れ、新しい恋愛に身をゆだねたユリヤは、そこに人生の新たな展望を見いだそうとするが……。
ノルウェーの首都オスロを舞台に、今を生きるひとりの女性の日常を描いているのだが、破壊的で痛烈かつスリリングな本音と選択が描かれている。
6位.『RRR』
S・S・ラージャマウリ監督作品
2022年11月6日:横浜ブルク13にて鑑賞
ありえんだろう!そうくるか!えっ、まさかのドンデン返し!歌あり!踊りあり!アクションあり!お涙頂戴あり!の連続。荒唐無稽、且つご都合主義がてんこ盛りされた映画作品である。
英国植民地時代のインドを舞台に、2人の男の友情と使命がぶつかり合う様を壮大(スペクタクル)に描くアクションエンタテインメント。
時は1920年、英国植民地時代のインド。英国軍にさらわれた幼い少女を救うため立ち上がったビームと、大義のため英国政府の警察となったラーマ。それぞれに熱い思いを胸に秘めた2人は敵対する立場にあったが、互いの素性を知らずに、運命に導かれるように出会い、無二の親友となる。しかし、ある事件をきっかけに、友情か使命かの選択を迫られることになる。
タイトルの「RRR」(読み:アール・アール・アール)は、「Rise(蜂起)」「Roar(咆哮)」「Revolt(反乱)」の頭文字に由来する。第95回アカデミー賞ではインド映画史上初となる歌曲賞にノミネートされた。
次号では、『2022年度 映画私的TOP10-後編』として、5位から1位までを発表したい。