先日、社内ミーティングでライターのKさんから「プロセスエコノミー」という聞き慣れない言葉と、尾原和啓著『プロセスエコノミー』(幻冬舎刊)を教えてもらった。
品質に基本的な差がないのであれば、マーケティングや流通、広告にお金をかけられる資金力のあるほうが勝つ。
結果として、格差が広がるだけである。
こうした状況を打開する策として「どの商品も大差がないのであれば、その商品が作られた背景とか物語、つまり商品という最終結果ではなく、商品化までのプロセスのほうが相対的に重要になってくる」。
ネットやSNSの普及の結果、多くの商品やサービスにおいて、プロセス自体に課金してもらったり、プロセスを共有することでファンを作ったり、さらにはコミュニティを形成し拡散することが出来るようになる。
つまり、先行者利益を握ることがビジネスを制するという法則が崩れ、ユーザーがコミュニティ化し、新たなユーザーを巻き込むループに変わるプロセスエコノミーの時代になる。
ファンがコミュニティを形成すれば、ファンがそれぞれに新しい物語を生み出し、さらに熱量も上がり新たなファンを引きつける。
この循環と再生産が生まれることで価値が高まり、他との埋めようのない差別化が構築されるというのだ。
この言説に息を呑んだ。
これはまさしく2002年の起業時から僕が提案してきた「企業ファンサイト」の趣旨とまったく重なるではないか。
有り難いことである。
20年の歳月を経て、お前が唱え続けたことは間違っていなかったとの言葉を貰ったような気分になった。
そして、かつて経験した言うなればプロセスエコノミーのエピソードを思い出した。
2006年に上梓した『企業ファンサイト入門』(日刊工業新聞社刊)、その最終ゲラの段階で削った内容のことである。
この本は、2000年から開始したキリンシーグラム社のウイスキー、ボストンクラブのファンサイトとして開始し、そして終焉するまでの顛末をまとめたものだ。
当然、キリンサイドの許可なく出版物として世に出せない。
2006年の時点で、キリンシーグラム社はキリンホールディングスグループに吸収されていたので、ホールディングスの担当部署に最終のチェックをお願いした。
そして、返ってきたゲラのなかに不可があった。
内容そのものも恥ずべきことでないと思うし、もう10数年も前のことだから時効だと判断し、少しお話したい。
「極楽クラブ」というこのファンサイトには、食や音楽といった趣味のコンテンツの他に掲示板を設け、そこに愛飲家のファンから様々な意見を書き込んでもらっていた。
その書き込みに、コンシェルジュ役のキャラクタが答えるという対話形式のコンテンツも運用していた。
この掲示板に、コンシェルジュがキャンペーンのプレゼントに何が欲しいかと問いかけた。
「もうグラスは沢山貰ってるから、今度はウイスキーの計量を計るメジャーカップ、ジガーが欲しい」との意見が寄せられた。
すると、これに賛同するファンが多数おり事務局でもジガーということで決まった。
こうした内容については本のなかでも語っているが、じつは掲示板でのジガーの製造の進捗についてのやり取りがキリンサイドのチェックに引っかかった。
「油まみれになったジガーと、それにまつわる話は削除してほしい」と。
その削除の内容とは、中国でジガーを作ることになり、そろそろ出来上がるのではとの期待が高まった時、製造メーカーから出荷できないとのトラブルが起きた。
早速、担当のS氏と代理店のY氏が派遣された。
現地の工場で確認すると、ジガーは確かに完成していたが製造工程でギトギトの油まみれ状態で、とても製品として出せる代物ではなかった。
油を落としてくれと、工場側に依頼したがそれは我々の仕事でないと断れた。
そこで、S氏は新潟燕三条の加工工場に急遽連絡し、油を洗い落とす工程を依頼する。
こうして、中国から新潟燕三条に運ばれ、遂にボストンクラブ本体のベタづきプレゼントとして店頭に並べることができた。
この間、様々な経緯をコンシェルジュが報告し、ファンからの励ましの熱い応援の言葉が行き交った。
ようやく、このジガーがベタづきされたボストンクラブが店頭に並んだと同時に、掲示板には「3本ゲット!」とか、「親兄弟の分まで購入しました」との意見で埋め尽くされた。
ファンがコミュニティを形成すれば、ファンがそれぞれに新しい物語を生み出し、さらに熱量も上がり新たなファンを引きつける。
これこそ、ユーザーがコミュニティ化し、新たなユーザーを巻き込むループに変わるプロセスエコノミーだったのではないか。
今回、「プロセスエコノミー」という言葉に接し、改めてファンサイトの方向性が確かなものだと確信した。