第947号『ファンという新たな顧客』

4月9日、ファンサイト有限会社を起業して21期目に突入する。
振り返ってみれば、浮き沈みの激しいウェブマーケティングの世界でよくここまで「ファンと企業の関係作り」というワン・イシュー(たった1つの主義・主張)でやってこれたものだ。
これもひとえに、多くの方々のご支援とご協力あっての賜物。
ただただ、感謝の気持ちでいっぱいである。

あらためて原点に立ち返り、社名でもあるファンの姿に出会ったときのことを書き留めておきたい。

はじめてファンの存在を意識したのは、A社のウォーキングシューズを担当した時のことだ。
A社はランニングシューズでは定評があるものの、ウォーキングシューズという分野ではまったく未知の世界への挑戦であった。
この頃、僕は(かつて一世を風靡し、社会現象にまでなったもののその後倒産した)アパレル会社の宣伝部を母体に独立した企画制作会社に席を置いていた。
業務としては”Have a nice walking”というコンセプトのもと店頭でのPOPやパンフレット、ギブアウェイなど、季節ごとのキャンペーンの仕掛けなど提案し制作していた。
ファンサイトを起業する数年前のことである。

ウォーキングシューズといっても、一見して普通の靴とさして変わったところはない。
デザインだけ見れば、むしろ無骨なものだった。
全国に数カ所ある直営店と一部の百貨店での取り扱いはあるものの、まだまだ商品(歩くための靴?)の認知度も低く、値段も普通の靴に比べて倍以上もする。
しかも、足を計測しデータを採るという面倒な手続きまでお客様に強いる。
こんなモノが売れるのかと、疑心暗鬼な気分になっていた。

担当となって数ヶ月後、気が付いたことがあった。
商圏としては、一番小さいはずの九州小倉店が毎月売上で上位にくる。
なぜだろうと、不思議に思っていた。
そんな時、冬のキャンペーンで、展示指導を兼ねた現地訪問の機会があった。
僕は、売上好調の謎を解くべく、事前に店長に連絡しておいた。

到着し、店内を見回すも他の直営店とさして変わったところは見当たらない。
早速、売上の秘密は何かと尋ねてみた。
店長は、ニコリと微笑み、傍らにいた一人の女性を紹介した。
少しふっくらとした40代のその女性(当初スタッフと思っていた)Yさんは、小倉店のお客様だった。
外反母趾で、それまで何度もトライするも自分にあう靴に出会うことが出来ず悩んでいたという。

Yさんは、ある日ふらりと店に訪れた。
友人から、新しく歩くための靴の専門店が小倉にできたとの情報を得ての来店だった。
シューフィッターの技術認定をもっている店長から、ウォーキングシューズの特性を聞き、足の計測をし購入した。
その結果、いままでどんな靴も履き慣れるまでは痛かったのが嘘のように履き心地が良く、すっかりこの靴の虜になったのだと話してくれた。

さて、ここからである。
まずは、価格に対するハードルは高くはなかったのかと訊いた。
答えは、足に悩みを持つ人にとっては、この手のシューズの値段は、普通のものに比べて高価であることは当たりまえのこととして受け止めていた。
さらに、地方であることがかえって利点になっていた。
なぜなら、彼らは自分の足にあう靴を探して、東京や大阪まで探しに行くこともままあり、この店が出来るまで身近に専門店がなかった。
なにより、Yさんは足に悩みを持つ仲間に、ただ良い店だと伝えるだけではなく靴の仕組みをしっかりと理解し、実感としての履き心地と、なぜそれが可能になったのかというA社が開発した足に負担がかからない商品特性の裏づけがあることも同時にクチコミした。
そして、この靴を自分のものとして受け入れることができたのは、そもそも外反母趾という課題があり、その問題解決に対して丁寧に計測するという一見面倒なプロセスを通して、フィットするまでのリアルな体験があったからだという。
直に足に触れ、客観的な判断も加えて靴を選ぶことに、安心と信頼が置けたと。
こうして、Yさんは、A社のウォーキングシューズのファンになり、この小倉エリアはもとより九州全域の伝道師となった。
彼女の回りにいる同じ悩みを持つ仲間が、履き心地が良いことを証言する証人者となり、さらに賛同の輪が広がった。
そして、足に問題を持つ人ばかりではなく、歩きやすく疲れにくい靴として噂が広がった。
結果、売上も直営店上位になった。
なるほどと頷くことばかりで、僕の謎は解決された。

なぜ、この直営店が成功しているのかを備忘的にまとめたものが、当時のノートにメモしてある。

小倉店成功の4P

製品(Product):A社というランニングシューズではナショナルブランド・メーカーのウォーキングシューズであるという信頼感はもともとあったが、それに加えて、計測というお客様とのタッチポイントがリアルにあることで、面倒なことがむしろ安心感につながった。

価格(Price):もともと、価格が高い商品であることを当然と受け止めていたため、むしろリーズナブルに感じた。

販売チャネル(Place):九州小倉、その周辺にウォーキングシューズ店としての競合店がいなかった。

販売促進(Promotion):Yさんという社員でもスタッフでもない、お金で動くのではなくいちファンとしての立場で語る存在が生まれたことで、周囲に素直な実感として商品の良さを伝えることができた。

このファンという存在を発見したとき、衝撃的な驚きがあった。
それまでの僕の認識では、広告が企業のサービスや商品とお客様を繋ぐ唯一絶対なものであると疑うことなく信じていたからだ。
しかし、そうではなく、いちファンによっても商品が多くの人に受け入れられ広がるという事実を知った。

20数年の月日を経て、いまファンという存在、そしてその価値がさらに高まっている。
ただ単に、サービスや商品を購入し消費する消費者ではなく、商品知識や思いれをもち、その価値や意味を理解し、企業とダイレクトにつながる「ファンという新たな顧客」が生まれ始めている。

21年目のスタートにあたって、企業とファンの関係をより良いものにするための活動にこれまで以上に邁進したい。

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