7月の最後の日、朗読会に参加した。
友人で、現在、オライリージャパンの編集長でもある伊藤篤さんから誘われた。
彼とは10数年来の付き合いで、且つファンサイト理論をともに作った盟友でもある。
「朗読会に参加して」との誘いに、僕は「ロウドク?」と再度聞き直した。
「好きな文章を声に出して読むのだ」と、彼は答えた。
なんとなく興味が湧いた。
そして、参加することを承知した。
場所は、乃木坂の路地裏にある「よしだ屋珈琲店」。
マスターの淹れる旨い珈琲、そして奥様のさりげない気配りがいい。
椅子に座り回りを見渡すと、そこには昔ながらの喫茶店が醸し出す、ゆったりとした時が流れていた。
それが、なんとも居心地のよい場所に仕立ている。
さて、当日「よしだ屋珈琲店」には朗読者が4名と聞き手が4名。
主催者の伊藤氏、伊藤氏のお知り合いで翻訳家のiwashiさんと夏目さん、僕。
そして、ひとり一人が前に出て朗読する会が静かに始まった。
トップバッターはiwashiさん。
「世界をくつがえす呪文を求めて」(穂村弘 著『短歌という爆弾』より)
「無題」(サム・シェパード著、畑中佳樹 訳『モーテル・クロニクルズ』より)
「今朝」(レイモンド・カーヴァー著、村上春樹 訳『ウルトラマリン』より)
次の夏目大さんは。
『注文の多い料理店 序』
『注文の多い料理店』(いずれも宮沢賢治 著)
伊藤氏は。
「タンポポのサラダ」
「イワシについて」
「冷ヤッコを食べながら」(いずれも長田弘 著)
「ボブ・ディランのコンサート」(長田弘 著『一人称で語る権利』より)
僕は、津軽の方言で詩を創作している高木恭三 著『まるめろ』から「冬の月」「風ネ逆らる旗」「風ネ逆らる旗」の三編を選び、朗読した。
目で追いながらの黙読とは、まるで違うと感じた。
なんと例えればいいのだろう?
そう、例えばワインのコルクを抜いてグラスに注ぐ。
直ぐ口に含むと、直裁的なツーンとしたアルコールの刺激を感じる。
でも、少し時間を置き、空気に触れさせることで、まろやかで豊かな香りと味が目を覚ます。
まるでワインが空気に触れたように、言葉が書物から解き放たれ豊潤なコトバとして身体に入り込んでくるようだ。
これは、思っていた以上に楽しい。
楽しさとは、新しさのことでもある。
それは、なによりも自分自身に、たくさんの発見と変化を与えてくれるからだ。
10月8日木曜日、2回目の朗読会。
今晩は郷土の詩人「寺山修司」を読む。
1件のフィードバック
朗読会を数回企画したことがあるので、すごーく興味あります!
もし3回目があって、誰でも参加できるときには、ぜひ教えてください。
(引越しのご挨拶が遅れていて、すみません。やっと今日ネットが開通しました)