スケジュール帳と日記帳を買うなら、11月が良い。
9月の終わり頃から、本屋さんや文房具店の店頭に列びはじめるが、ここ数年そう決めている。
11月は、10月の紅葉を愛で、豊饒な実りを祝い、ハロウィンの賑わいを楽しむこともなく、12月のクリスマスの陶酔感も、年の瀬の高揚感もない。
考えてみれば、一年、12回ある月のうちで最も静かで、内省的な月、それが11月だ。
だから、来し方を再考し、行く末を思案するには丁度頃合いが良い。
それにしても、なぜ日記を付けるのだろう。
日本文学研究者、ドナルド・キーン著『百代の過客』のなかにおもしろい記述があった。
引用する。
——————-ここから
芭蕉がよく旅に出かけたのは、過去の詩人に霊感を与えた自然の風光だけではなく、路上や旅籠で行きずりに得た人間的な体験からも、自分の詩に対する新鮮な刺激を受けたいと、おそらく望んだからのことであろう。
日記作者としての芭蕉の成功には、実に目を瞠らされるものがある。
(中略)
芭蕉の日記は、自己発見の表現でもあった。
彼にそれを書かせたのは、『万葉集』から今日まで、日本の文学に一貫して流れる旅を愛する心ではなく、旅の中に、彼自身の芸術の、ひいては人として、詩人としての、自己存在の根源を見つけ出そうとする欲求でもあったのだ。
——————-ここまで
まだ、終わったわけではないが、今年の日記を読み返してみて、なんだか辛いことが多かったように感じる。
特に、3.11以降、多くの試練が降り掛かったままである。
この事態にどう対応していくべきか、いまだに未整理のものも多々ある。
それでも、日記に温存された時間を1つ1つ、とき解いていくことで冷静になれるし、客観的にもなれる。
『百代の過客』で日記をつけることとは、一種の告白行為だともキーン氏は言及している。
告白とは、心の内にある思いのプレゼンテーションだ。
つまり、日々の行為の積み重ねによってできる心の風景が日記である。
来年こそは、眺めの良い心の風景になるよう日々精進したい。
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【先週のアンケート結果です】
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