「出来事」は何かが、あるいは誰かが、光を当てて初めて「事件」として昇華する。
2003年4月20日。
この日、LAドジャーススタジアムで、「事件」に立ち会った。
LAドジャース対SFジャイアンツ、第6戦。
ここまで対ジャイアンツ戦でドジャースは1勝も挙げていない。
開幕、対ダイヤモンドバックス戦でみごとな完投勝利後3連敗、あと1勝で100勝が係っているエース野茂の試合である。
1回表先頭打者ネイフィ・ペレスを三振、続いて2番エドガー・アルファンゾをピッチャーゴロ、そして3番リッチ・オーリリアをセンターフライと3人で退け好調なスタート を切った。
ところが2回には先頭打者バリー・ボンズに目の覚めるようなホームランを打たれ、三振を挟んで二塁打を3本立て続けに打たれ3点を献上。
3回はなんとか3人で押さえたものの、4回に再びホームランを打たれ、この時点で0対4、ジャイアンツの圧倒的な打線によって勝負は決まったかに思われた。
「野茂降板か」そんな不安が頭を過ぎった。
そして、もっと野茂の投球が観たいと願った。
4回に味方打線が反撃し、3点を奪い1点差まで追い上げた。
5回表、ジャイアンツは打順よく2番バッター、アルファンゾからである。
アルファンゾを3塁ゴロで、続くオーリリアをセカンドフライに打ち取る。
この後、この日一番の山場がきた。
2回にホームランを打たれたボンズとの対戦、野茂は見事にセカンドゴロに抑えた。
野茂は試合を壊さない。
集中力を切らさず味方の援護を待つ。
強くて、安定感があり一貫している。
だからチームの仲間も勝つことに目覚める。
想ったとおり5回以降味方打線が目覚め、次々と点を重ねた。
気が付くと16対4とドジャースが大きくリードして9回表を迎えた。
最後はドジャースの守護神エリック・ガニエが95マイル(150キロ以上)を超えるスピードボールでぴしゃりと押さえた。
これだけの点差でわざわざ守護神エリック・ガニエを登板させることもなかったのだろうが、野茂の100勝に敬意を表した監督のプレゼントだったのだろう。
試合終了。
100勝はメジャーリーグのなかで珍しい記録でもなければ、取り立てて騒ぐほどのものでもないことだと言わんばかりに試合後のお立ち台もなければ、ヒーローインタビューもない。
それは野茂自身が一番よく分かっていたことであろう。
翌日、ロスアンジェルスタイムスのスポーツ版はNBAプレーオフで敵地ミネソタでティンバーウルブズとの一戦、117 対98と大勝したレーカースのシャックとコービーがトップを 飾っていた。
そして野茂100勝の記述は5面にようやく小さく数行記載されていただけである。
しかも、見出しは「野茂100勝!」ではなく「第6戦にして今年初めてジャイアンツに勝った」と。
この100勝は単に100回目の勝利という出来事なのだろう。
しかし、この日の野茂に立ち会えたことは、単なる「出来事」などではない。
人は追い詰められた時でも自らを制し、淡々と立ち向かう勇気をいかにしたら持つことができるのか、と いうことを光り輝く「事件」としてぼくの記憶にしっかりと刻みこんだ。