【備前焼の蕎麦猪口】
ひび割れた備前焼の蕎麦猪口が、三ヶ月ぶりに金つぎされ戻ってきた。
金つぎとは、ひび割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着し、さらに継ぎ目を金
(銀や白銀の場合もある)の粉で装飾を施す日本独自の修理方法のことである。
主催している食事会の集まりで、久しぶりにお会いしたFさんと、あらためて名刺
交換をさせていただいた。
そして、Fさんが金つぎを生業にされていることを知り、修繕をお願いした。
さて、この蕎麦猪口、それほど値の張るものではないが、形や色合いが良く、使い
やすくて、お茶や酒用の普段使いにしている。
ある日、酒を注いだらジワリと漏れている部分がある。
よく見たら、器にひびが入っている。
いつもなら、これがこの器の寿命だと捨てていた。(事実この時も、ガラスや陶器
の分別ゴミ用の袋に入れた)
しかし、なんだか心が疼きゴミ袋から拾い出し、食器棚に戻した。
なぜ、捨てるのを止めようと思う心境になったのか?
この器、三十数年ほど前、出張先の岡山県倉敷市の備前焼専門店で手に入れたものだ。
棚に並んだ器を眺め、手に取り、頃合いの良いものを選び、レジにもっていった。
すると店主が、もし少し余裕があるのなら、一対で展示(それぞれに値札が付けられて
いたが)されていた器も一緒に購入することを勧めた。
よく見ると、もう一つの器の内側に少し白ずんだV字の網様のようなものがある。
店主曰く、この模様は藁の痕跡だと言う。
藁を挟み一対で焼いた跡に残る模様だと。
つまり、この備前焼の蕎麦猪口は、この世に一緒に生まれ出たものだと教えてくれた。
捨てた後、再び拾い上げたのは、購入した時のこのエピソードがふと蘇ったからだ。
金つぎされた後、その継ぎ目を「景色」と言うのだそうだ。
それは破損前とは違う趣を楽しむ風流のことのようだ。
金つぎされた蕎麦猪口を眺めながら、捨てること(断捨離)は、たしかに心のダイエット
になるが、残すことで、心が豊かになることもあるなと思った。