第752号『小さな旅だけど』

【フェリーにて】

秋の休日、妻と久々に小さな旅をした。
旅の目的地、南房総千倉にある宿(偶然見つけたこの宿に、もうかれこれ15年は通って
いる)までの道行きである。

まずは、仕事場と住まいを兼用している横浜金沢区から電車で京急久里浜駅まで行く。
次に、(ここは重要)駅ナカにある惣菜屋でお弁当を選び、コンビニでビールと酎ハイ
を買う。

僕たち夫婦にとって旅の楽しみのひとつは、ふたりで酒を飲むこと。
いつでもどこへでも、時間を気にせずに行ける車は便利だし、ドライブの楽しさも魅力
的だが、酒を飲めないという足かせ(なんだかパラドックス話のようでもあるが)とな
ることもしばしばであった。
そして出した結論が、車を廃棄すること。

つまり、生活の中で車を持たない選択をした。
こうして、目的地まで公共の乗物を利用し、なんとかたどり着くことを基本に、ほぼ全
ての旅の計画を立てることにしている。

さて、久里浜駅前のバスロータリーから久里浜港へと向かう。
乗り場は、駅を出てすぐ目の前にある。
料金は200円、バスの乗客はまばら。
10分ほどで、フェリー乗り場に到着。
朝方、降っていた雨もすっかり止み、雲の合間から、陽の光も差してきた。
白と赤のツートンカラーのフェリー船「しらはま丸」(乗員580名、最大積込乗用車両
数105台)が待ち構えている。
陽の光が波に乱反射し、キラキラと眩しく光る。

久里浜港から東京湾フェリーで金谷港まで。
片道720円の乗船券を買い、タラップを上り船内へ。
乗船時間は僅かに40分だが、フェリーは不思議な乗り物だ。
波濤を渡る(地続きではない)というだけで、旅モードのスイッチが入る。

最上階の客席、右前列に空いた座席を見つけ、テーブルを挟んで向かい合わせに座る。
早速、弁当、串かつ、煮物、ビールに酎ハイをテーブルの上にひろげる。
まずは、乾杯。
海を眺めながらの食事は格別である。

金谷港に着岸し、タラップを降り、JR内房線浜金谷駅まで5分ほど歩く。
駅での待ち時間の間に、宿の主に連絡を入れ千倉駅到着の時間を知らせ、迎えに来ても
らう段取りをする。
浜金谷駅から館山駅まで、およそ25分。
そして、館山駅で安房鴨川行に乗り換え千倉駅へ。
乗り換えに30分ほど待つことになるが(急がないこと)、これもまた旅の風情。
自宅から3時間29分(片道1810円)で到着。
千倉駅では、宿の主の笑顔が待っていた。

宿に到着した後は、いつものように露天風呂に入り、夜は町の居酒屋に行き、地物の魚
と肉と野菜をつまみに酒を飲む。
宿に戻り、オーナーと映画や音楽の話でもう一杯やる。
こうして、夜は更けてゆく。
ささやかだけど、満足感満載の旅だった。