第979号『望郷』

デパートのウインドウや街のあちらこちらを飾るイルミネーション、宝くじ売り場のかけ声、クリスマスのジングル・・・。街の風情はすっかり、年の瀬へと向かって走り始めている。でも、昔のようにウキウキした気分にはなれない。仕事帰り、ふと電車の中吊りに視線を向けると、わが故郷への帰省バスの広告が目に留まった。もう、そんな季節なんだな。そして昔のことが甦った。22時品川バスターミナル発、翌朝7時30分弘前着。更に五能線に乗り換え、ほぼ半日を費やす長い道のり。それでも帰った。弟と話がしたくて、母の作ってくれる飯が食べたくて、父と何を話すでもなく、ただ並んでテレビを見たくて。

でも、もう帰らない。いや、帰る場所がない。弟を病で亡くし、母が他界し、父も見送った。だからもう故郷には家族はいない。上京して長きに渡る歳月。人生の大半を過ごしてきた都会から眺める故郷は、メランコリーなものでしかないのかもしれない。メランコリーには、ある種の罪悪感のような匂いが含まれている。年に数日しか会わない父や母への。捨ててきた友と故郷への。普段、忘れている諸々の後ろめたさへの。

そんなことを考えている間に、電車は僕の住む街の駅に着いた。改札口を出ると駅舎の角に公衆電話が1台、ポツンと置かれている。いつもは、あることさえ気に留めていないのに。突然、母のことを想った。そして、無性に声が聞きたくなった。もし、電話が通じたらどんなことを話すのだろう。そして、この公衆電話からだったら、まるでタイムマシンのようにつながる気がした。「ご飯はちゃんと食べているのか? 仕事のほうはどうだ? 無理していないか?・・・」そんな、いつもの母の声が聞こえてきそうだ。僕はその言葉にただウンウンと頷き「今度の正月は帰れないかもしれない・・・」と、つぶやいてみた。

【年末年始、ファンサイト通信お休み期間のお知らせ】
例年通り、年末年始休みを設けさせていただきます。12月30日(金)1月6日(金)の2回。次号開始は、1月13日(金)からの配信予定です。皆様、穏やかで和やかな、年末年始をお過ごし下さい。

2件のフィードバック

  1. いま南アルプスの麓に暮らしながら思うこと、大都市圏の存在感こそが地域のアイデンティティを危うくさせる源かと。すべてのメディア情報源は首都圏からか?と、錯覚させられる。ソフトもハードもすべてが絡めとられてしまう時代でもある。加速度がましてきてブラックホール化かしはじめている。世界的に都市圏集中化が起きつつあるなあ。
    弘前には二度訪れたことがある。
    日本のかく地域文化が蘇るために何ができるのか、と考える。
    川村さんのエッセイ読んでジーンとあついもの…感じる。
    百歳超えた母親と暮らしながら、他者の存在こそが生かされているとの逆転幻覚、意識させられる。
    グルに仕える修行のときかな、
    としらおもう。土や畑や自然、
    すべてが密なる繋がりとなる感じが微かにある…

    1. 福澤先生、コメントありがとうございます。ご高覧に感謝します。年の瀬、ふと故郷が恋しくなりました。

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