前号から、映画館で観た2022年度私的TOP10を発表している。前回、前編は10位から6位まで。今回、後編は5位から1位まで発表したい。
5位.『リコリス・ピザ』
ポール・トーマス・アンダーソン監督作品
2022年7月13日:Kino cinema横浜みなとみらいにて鑑賞
『ブギーナイツ』(1998年第70回アカデミー賞)『マグノリア』(2000年第72回アカデミー賞)『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2008年第80回アカデミー賞)『ザ・マスター』(2013年第85回アカデミー賞)と傑作を生み出し続けている天才、ポール・トーマス・アンダーソン(P・T・A)監督の待望作『リコリス・ピザ』。新人2人を大胆に起用したボーイ・ミーツ・ガール(青春物語)だ。1970年代のアメリカ西海岸、サンフェルナンド・バレーを舞台に、写真技師アシスタントのアラナと、高校生ゲイリーのもどかしい恋模様をみずみずしく描いていく。昨年、第94回アカデミー賞で3部門(作品賞、監督賞、脚本賞)ノミネートされた。
タイトルの「リコリス・ピザ」は、LPレコードを意味するスラング。黒いリコリス(彼岸花の一種甘草の根を、キャンディーやグミなど菓子類の風味づけに使用)の色をしたピザのようだから。また、70年代にサンフェルナンド・バレーに実在したレコードショップの名前でもある。P・T・A監督曰く、このタイトル自体には、あまり意味はない。無関係な単語同士をくっつけたときの奇妙な感じが気に入って。でも、僕にとっては、子ども時代を思い起こさせてくれる2つの単語を組み合わせただけだが、謎めいていてクールだ。まさにそれだけで、タイトルの役割を果たしていると思う、と。
特段なにか大きな事件が起こるわけでもなければ、起承転結も曖昧ではあるが、言わば”私小説的風情”として描けるP・T・A監督のセンスが、映画好きにはなんとも言えず刺さるのだ。
4位.『すずめの戸締まり』
新海誠監督作品
2022年11月13日:横浜ブルク13 IMAXにて鑑賞
日本各地の廃墟を舞台に、災害の元となる扉を閉めていく少女鈴芽の、目覚めと成長を描いたロードムービーである。この作品そのものの完成度の高さにも驚くが、一方で『君の名は』『天気の子』そして『すずめの戸締まり』の”災い三部作”(勝手に命名した)の完結編として観ることで、さらに面白さが増すように思えた。まさしく、(おそらく今作で完結するであろう)完結編に相応しい作品に仕上がっていた。
今作品を支えるスタッフは、音楽:野田洋次郎率いるRADWIMPS、作画監督:土屋堅一、美術監督:丹治匠、助監督:三木陽子、CG監督:竹内良貴、撮影監督:津田涼介、キャラクターデザイン:田中将賀、企画・プロデュース:川村元気。『君の名は』、『天気の子』から『すずめの戸締まり』へと続く、新海組の面々である。なお、第73回ベルリン国際映画祭では、最高賞の金熊賞を競うコンペティション部門に選出されたが受賞とはならず。しかし、21年前宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が金熊賞を受賞して以来の快挙であることは間違いない。
3位.『君を想い、バスに乗る』
ギリーズ・マッキノン監督作品
2022年6月27日:Kino cinema横浜みなとみらいにて鑑賞
いわゆる、ロードームービーである。物語は、最愛の妻を亡くしたばかりの老人トム(ティモシー・スポ―ル「イギリスが誇る名俳優の一人。『ターナー、光に愛を求めて』マイク・リー監督作品(2014年)でJ.M.Wターナー役」)はローカルバスのフリーパスを利用してスコットランドの最北端ジョンオグローツからイングランドの最南端ランズエンドまでの約1300キロ、イギリス縦断の壮大な旅に出ることを決意する。目指すは愛する妻と出会い、二人の人生が始まった場所―。行く先々で様々な人と出会い、トラブルに巻き込まれながらも、妻と交わしたある“約束”を胸に旅を続ける。愛妻との思い出と自身の“過去”ばかりを見つめていたトムが、旅の果に見つけたものとは・・・?
まったく知らない監督作品であり、興行的にヒットしている作品でもない。でも、紛れもなく佳き映画である。いや、こうした作品を見つけ出した時の喜びは映画ファンとしての醍醐味でもある。
2位.『エルヴィス』
バズ・ラーマン監督作品
2022年7月17日:109シネマズ川崎にて鑑賞
「映画館で映画を見ることとは?」映画館でしかできない体感を心の底から味わいたい……。そんな欲望への一発回答が、この作品。
『ムーラン・ルージュ』(2001年)『華麗なるギャツビー』(2013年)のバズ・ラーマンがメガホンをとり、全くの無名から世界一のスーパースターと駆け上がった伝説の男、エルヴィス・プレスリーを圧巻のライブパフォーマンス満載で描いている。そして、その背後にあった「死の真相」と「陰で糸を引いていた恐るべき“黒幕”の存在」も暴き出している。極上のミュージックエンターテインメントとセンセーショナルなストーリーが融合した魅力的な作品である。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)クエンティン・タランティーノ監督作品などに出演したオースティン・バトラーがエルビス・プレスリー役に抜てきされた。映画の始まりではそれほど似ているようには思わなかったが、物語が進むに連れて瞬間的にバトラーにエルビスが憑依したのではないかと思った。さらに、マネージャーのトム・パーカー役を名優トム・ハンクスが演じる。第95回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞ほか計8部門にノミネートされている。
今作を象徴するようなバズ・ラーマン監督の言葉が印象的だ。「映画は言葉、音楽、ビジュアル、演技のそれぞれのレイアーがオーケストラの楽器のように重なり、ひとつに統合された素晴らしい瞬間を紡ぐ」つまり、映画とは総合芸術なのだ、と。
1位.『ナイトメア・アリー』
ギレルモ・デル・トロ監督作品
2022年3月31日:TOHOシネマズ上大岡にて鑑賞
いま最も好きな監督のひとり、ギレルモ・デル・トロ。前作『シェイプ・オブ・ウォーター』(作品賞・監督賞を含むアカデミー賞4部門を受賞)に続き、再びサーチライト・ピクチャーズとタッグを組んだ映画『ナイトメア・アリー』。
さて、ギレルモ・デル・トロが今作の映画化に挑んだのは、1946年に出版され、ノワール小説の伝説的傑作といわれる『ナイトメア・アリー 悪夢小路』(ハヤカワ・ミステリー文庫/扶桑社ミステリー)。1947年にはエドマンド・グールディング監督、タイロン・パワー主演によって映画化(『悪魔の往く町』)。僕はこの作品は観ていないが、デル・トロは「まったく別な世界観を創造した」と語っている。その言葉通り、誰も真似のできないデル・トロ監督独自の世界観と豪華極まりない映像表現で観客をぐいぐいとスクリーンの中へと引きずり込んでいく。
そして演ずるのは、これまた凄まじいばかりの豪華俳優陣である。ショービジネスでの成功を目指す野心溢れるスタン役は、俳優として4度のアカデミー賞ノミネートを誇る、ブラッドリー・クーパー。謎めいた女性精神科医を演じるのは、2度のオスカーに輝くケイト・ブランシェット。さらに、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、ルーニー・マーラ、デヴィッド・ストラザーンといったオスカー常連の実力派名優に加え、デル・トロ作品に欠かせないリチャード・ジェンキンス、ロン・パールマンといったデル・トロ監督でしかなしえない顔ぶれが一同に会している。
余談だが、今作の製作会社サーチライト・ピクチャーズはこれまでも『リトル・ミス・サンシャイン』(2006年)、『ブラック・スワン』(2010年)『バードマン』(2014年)、『スリー・ビリボード』(2017年)など、アカデミー賞レースに絡む作品を次々と生み出している。そういえば『イニシェリン島の精霊』(8部門9ノミネート)もサーチライト・ピクチャーズだ。映画選びの基準として、僕は製作会社や配給会社も目安の1つにしている。
やっぱり映画は面白い。
しかも、劇場でとっぷりと浸かって観るのが最高だ!
怪我が癒えたら、すぐにでも映画館へ出掛けたい。もう少しの我慢である。
2件のフィードバック
川村代表、今回もありがとうございます。しかし、前号、986号が見当たらないです。本文のはじまりに書かれている「前号のリンク」もnot foundになってしまいます。10位~6位もぜひ読ませてください。よろしくお願いします。エルヴィス、ナイトメア・アリー、、、自分の見たものが紹介されると、素直にうれしいです。笑
前編、後編とお読みいただきありがとうございます。今度、お茶しながら映画の話などしたいですね。引き続きよろしくお願いします。