坂本龍一さんの訃報が流れた翌日、大船にある湘南鎌倉総合病院へ出かけた。1月にアキレス腱断裂の手術をしてから12週間、毎週定期的に検診とリハビリため通院している。先週、ようやくギプスが外れ、少し歩けるようになった。そんな病院帰りの昼下がり、春の陽気に誘われて「大船フラワーセンター」に立ち寄ることができた。
病院へは、毎回小旅行のような気分で出かける。朝ごはん用のおにぎりと水筒を持ち、さらに保温用ボトルには淹れたてのコーヒーも用意する。これを携え朝9時からの診察に間に合わせるべく、1時間30分ほど前に自宅を出発する。まずは最寄りの並木中央駅からモノレールに乗りJR新杉田までいき、そこから大船駅へ。そして、バスで病院へという道のりである。実はこの道のりで、まさしく”怪我の功名”と言えるような素敵な場所を見つけた。
大船駅から病院へ向かう途中、ひときわ長い塀に囲まれた敷地沿いにバスは走る。なんだろうと目を凝らすと「大船フラワーセンター」と記された看板を見つけた。駅から車でわずか十数分の所にこんな施設があったとは知らなかった。
「大船フラワーセンター」は昭和37年に神奈川県農業試験場の跡地に、国内外から収集した観賞用植物を栽培・展示する目的で開設された。入場料は大人400円、20歳未満は200円、65歳以上は150円、中学生以下は無料。年間を通して季節の木々や花々を楽しむことができる場所である。
1月から病院へ通い始めたこともあり、2月3月と塀の内側に見える木々も芽吹き、花をつけ、季節の遷り変りを感じさせてくれる。毎回付き添ってくれる妻と、ギプスが取れて歩けるようになったら来てみたいねと話していた。
そして、遂に訪れることができた。入場してあらためて驚いた。園内は春爛漫。桜、ツツジ、シャクヤク、・・・と春の花々がこれでもかと競うように咲き誇っていた。その量にも質にも圧倒された。平日ということもあって混雑はしていないが、芝生のある広場では入園者の方々が、おもいおもいに用意したお弁当をひろげてお昼を楽しんでいた。僕たちも桜の木々を眺めながら、通り過ぎていく春を堪能した。
暖かな日差しのなか春の浮雲を眺めていて、ふと坂本龍一さんのことが思い浮かんだ。
1952年1月生まれ。僕も1952年1月生まれ。名前もRYUICHI。もちろん、歴史に残る偉大なクリエイターと比べるつもりもないが、戦後の同じ時代の空気を吸い、社会や政治に対しても似たような心情を有しているように感じていた。そんな彼の死を知って、なんだかポカンと心に穴が空いたような寂しい気分になっていた。
でも、この日「大船フラワーセンター」の桜の木の下で空を見上げた時、きっと坂本龍一さんもこの春の桜を観て、逝ったんだろうなと思ったら、なんだかスッと気分が整った。