ライン川沿いの遊歩道を歩き、約40年ぶりに訪れたドイツで深呼吸しています。
僕が幼少を過ごしたアーヘンという小さな町から列車に90分程度乗ると、
世界の見本市と言われる都市、デュッセルドルフに到着します。
子供の頃、喘息だった僕に「体質改善のため」と両親がすすめてくれた、
サッカーというスポーツにとりつかれて、はや40年。
サッカーではなく、あえて本場欧州風に「フットボール」という呼称を使い、
すでに生活の一部になった競技に少しくすぐったさを感じながら、
マンチェスターから始まるフットボールミーハーの旅を堪能しました。
10日間で欧州最高峰4試合を観戦したその濃厚な内容は割愛しますが、
第二の故郷、ドイツを歩いてみて、EUの中心国の印象が大きく変わりました。
イスタンブルの空港での光景と同様に、実に多くの民族の顔や言葉に接するのです。
カールハインツ・ルムメニゲやブッフバルトだけがドイツ人の印象でしたが、
肌や髪の色や言葉のアクセント、体格や雰囲気、
勝手なドイツのイメージを超越した風景が40年ぶりの地にはあったのでした。
シリア難民の受入でEU諸国からのバッシングが記憶に新しいこの国の移民政策は、
調べてみると、悲喜交々でトライアンドエラーの繰り返しであることがわかります。
場当たり的だったとのちに評価される歴史も重ねて、今にいたっているようです。
事実、メルケル首相も当初から難民受入に積極的だったわけではありません。
昨年7月の市民との対話集会における14歳のパレスチナ出身難民少女との会話で、
首相の「世界中から殺到している難民をすべて受入れることはできない。」という発言に、
少女が泣きだしたことがネットに流れ、国民が大きく非難しました。
この非難により、シリアやアフガニスタンからの難民を受入れることを発表したのです。
僕の印象通り、既に国民の5人に1人が外国人あるいは外国系のドイツでも
難民受入や移民政策には、犯罪率や離職率の増加などの問題がつきものだそうです。
一方で、少子高齢化の先進国でもあるこの国は、
人口維持のために移民に頼らなければならない部分もあるとのこと。
なるほど、行政がリスクテイクして試行錯誤している理由もわかります。
少子高齢化は、我が国においても多くの人が見て見ぬふりをする最重要課題であり、
ドイツの政策に学ぶことも少なくないかもしれません。
欧州を歩いていて、隣国を悪く言う人が多いのは、
僕たち単一民族にはわかり得ない、100年を超える戦いの歴史があるからなのでしょう。
常に異文化との衝突や融合という共存問題に直面しているEU諸国の例は、
以前にも指摘したように国家アイデンティティが希薄化している現在において、
日本が本気で移民をうけいれていくことのお手本になるように思えます。
このような視点で見れば、「メキシコとの間に壁をつくる」と、
トランプ氏が発言している、移民大国の大統領選挙の行方にも興味を持てます。
動物的に異文化への拒絶を主張する共和党大統領候補を国民は支持するのでしょうか。
メルケル首相は、シリア難民のドイツ社会への融合は必ずチャンスになると
ポジティブに難民受入に対する寛容な姿勢を示しています。
久しぶりに訪れた移民先進国のことを聞けば聞くほど、
小手先の金融政策やすべて先送りの財政政策や行政運営に終始せず、
わが国でも本気で少子高齢化問題に対峙していくべきなのだと思わされるのでした。
東南アジア、欧州や南米、アフリカ、様々な文化と血が、この島国で交差し、
D・コスタやルーニーのようなストライカーが日の丸をつける日がくるかもしれません。