【生きのびるためのデザイン】ヴィクター・パパネック著、阿倍公正訳、発売元:晶文社、1974年。社会性を持ったデザインの必要性について35年以上も前から唱えている本。
はじめに何故この「花期花会」が始まったか、経緯を話し始めよう。
この「場」のオーナー川村隆一さんとのお付き合いは1年も経っていない。しかし、出会いから数回のやり取りで満ちた時間を共有してきた感がしている。勿論、未だ知り得ないところも多々あり、ファンサイト通信が送られてくると、また違った川村隆一像が見えてくる。「情」に厚い箇所など・・・。私はファンサイト通信のファンになった。
私には迷惑な癖がある。それは、私が関心ある“塾、勉強会、研究会、セミナー、シンポジウム、フォーラム”があると、お節介にも、この人は多分この集まりに共感して出向くであろうと勝手に思い、案内状メールを送りつける。
6月2日も、横浜市桜木町で社会起業家の集まり「横浜スープ」があり、その案内状を川村さんに送った。勿論、会の終了後は野毛という場所ゆえに、軽くジョッキを傾け、飲みながら、最近の参加してきた面白い集まりと、そこで出会った人を話題にしていた。「面白い!」という川村さんの一声で、私が行った集まりと気になった人の紹介をファンサイト通信に書くことになった。最も、私には願ったり叶ったりで、様々な集まりに週2~4回は参加していても、ちゃんとした記録を残していた訳ではなく、忘れてしまう前に、受けた印象や知識と人物の紹介を言葉で書きとめることが出来るからだ。こうして、この一期一会「花期花会」コーナーが誕生した。
ここに一冊の本がある。「生きのびるためのデザイン」ヴィクター・パパネック著、阿倍公正訳、発売元が晶文社で1974年の発行。この本が私の手元に届いた経緯が今回のテーマ。
6月27日19時、六本木交差点から歩いて12分、本を一冊ずつ小脇に抱えた老若男女が西麻布のco-labに35名ほどが集まった。私もその中の一人で、私が持ち込んだ本はアンツルこと安藤鶴夫の昭和51年発行の旺文社文庫版「落語鑑賞(上・下)」。集まりの名は「まち塾」まちライブラリー。私がこの塾に参加するのは3回目だ。
そもそも、この「まち塾」とは、実行委員長である友成真一早稲田大学大学院教授の口上によると、「まち」で働き、生活する人が、「まち」を自分の目線で活き活きとさせるための塾。そのためには「まち」毎に「まちライブラリー」(学びあいの場)を設け、そこで受講者自らが課題を持ち込み、グループで議論し、「まち」を元気にするプランを作り、実行していくことを目指す塾のこと。「100のまち、100のものがたり、10000人の元気人」がスローガン。
「まち塾案内人」の礒井純充さんが、まちライブラリーのイメージを語った。本を媒介に人の輪が広がると人と人との垣根も下がり、もっとコミュニケーションが密な社会が出来る。それをリアルとバーチャルの両方からサポートしていけば、意外と個人でもやれる文化活動がまちを元気にするかもしれない・・・と。
一人一人が自薦した本の理由を伝えた。私が何故にアンツルを持ち込んだか?落語の面白さを私に教えてくれた本というのが真っ当な理由なんだが、実は25日に四谷で調べ物があり、その途中に久しぶりに四谷のわかばという鯛焼き屋に入った。この鯛焼き屋は東京鯛焼き御三家のひとつで昭和28年に初代が焼き始めた時に、四谷の住人である落語評論家の安藤鶴夫が新聞紙上で「しっぽまで餡が入っている」と褒めてから、行列ができるほどの四谷名物になった。皮はパリッと薄く心地よい口当たりで、餡は甘さ控えめ、塩気が効いて小豆本来の旨味とコクが感じられる味。鯛焼きの皿には「鯛焼の しっぽには いつも あんこが ありますやうに」と四谷住人の安藤鶴夫の言葉が書かれてあった。わかばに寄っていなかったら違う本を持ち込んでいたことだろう。余談々々。
次に3グループに分かれてのワーキング。新しい試みの「まちライブラリー」を考えようというのがテーマ。私が入ったグループの意見集約では「本の無いライブラリー。一般の人が語るライブラリー。」ってことになった。一人一人、人は違って当たり前で、全員が個人史を持って生きている。だから聴いてみたい。語る一般の人を登録した人間ライブラリー。なかなか良いと感じた。
終了時には一人一冊持ち込まれた本を借りても良いことになった。全員が新鮮な気持ちで本を吟味し、私は望月庸光さんが持ち込んだ「生きのびるためのデザイン」を選んだ。これで最初に戻った。「まち塾」の活動は今後も続くし、私は気持ち良く参加することだろう。
1件のフィードバック
本好きな鍋島さんにとっては、素晴らしい人と会に
巡り合えたのですね。