2月26日、群馬県富岡市にセミナーを聴きに行った。上野駅から高崎線に乗り、高崎で松本零士の「銀河鉄道999」のキャラクターが車内いっぱい描かれている上信電鉄に乗り換え、上州富岡で降りた。ほぼ3時間の行程。上信電鉄に乗るのは今回で2回目、今から15年くらい前に終点の下仁田から日本百名山の荒船山に登りに行ったとき以来だ。
▽上信電鉄
何故そんな遠いところまで・・・それは、講師が山崎亮さんだったから。山崎亮さんについては学芸出版社の「コミュニティデザイン」を読み、その後、東京でのセミナーなどで数回、話を聴き、共感を覚えた。
※山崎亮さんについては以下の「街元気」まちづくりコラムを参照ください。
https://www.machigenki.jp/content/view/1119/365/
富岡と言えば、最初に浮かぶのは「富岡製糸場」。今回のセミナーは、富岡市が富岡製糸場を中心とした群馬県内8市町村にわたる絹産業遺産群がユネスコ世界遺産暫定リストに追加記載されたのを機に、市民と一緒に地域の活性化を、どう取り組んでいったら良いかを考えるために、コミュニティデザインの山崎亮さんに依頼して講演会を開催した。「景観まちづくり講演会~まちの誇りをカタチに!~景観まちづくり×コミュニティデザイン 山崎亮」。
▽富岡製糸場
当日の受付は午後2時30分から、講演が始まるのは午後3時00分からと多少時間に余裕があったので、また、講演会場のホテルアミューズ富岡が駅から徒歩25分と離れた場所にあったこともあって、初めての製糸場見学も兼ねて少し早めに富岡に入った。日曜日の午後の早い時間帯だったこともあって、街を歩いている人は少なく、製糸場を目指して歩いていると富岡周辺の観光ガイドブックが置いてある案内所があった。そこで情報を入手し製糸場に向う。明治5年(1872年)に全国初に創設された官営模範製糸場は、堅牢なレンガ造りで、繭倉庫や繰糸場なども長さ100mを超す大規模な建物が残存していた。
さて、山崎亮さんの話を聴いて、「人は必ず何かしらの役割を持っている」だから、話し合いを通じて「1人でできること、10人でできること、100人でできること、1000人でできること」と可能性を見出しながら、引き出しながら活動を始めていくことが重要と肯く。
夕方5時過ぎに会場を後にして急ぎ足で駅に向う。まあまあの広い道だが反対から歩いてくる人は殆どいない。暫く歩き続けていると8歳くらいの男の子が駆け足で近寄ってくる。周りには誰もいない。擦れ違いさまに男の子が「こんにちは」と大きな声を発した。一瞬、自分に向けて発したんだと理解し、私も「こんにちは」と応えた。都心部では、なかなか、こんな場面はない。少年の両親が教えたことなのか、学校で身に付けたものなのかは分からないが、少年の素直な声が気に入り、富岡市は良いところだと思ってしまった。
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昨年9月10日から4回に亘って新聞販売店イノベーション研究部会を開いてきた。その最初の呼びかけと報告は、このファンサイト通信にも書き留めてきた。3月3日に第5回目を開き、昨年の報告と得てきた内容、新聞販売店の社会的な活動事例紹介、更に、自分が仮に新聞販売店を経営していたらと考え「一つの店舗から始めるプログラム」なるものを提案した。当日、私が1時間プレゼンし、その後の1時間をディスカッションとした。ディスカッションでは結構、熱くなり盛り上がった。次回は新聞販売店で実践するにあたっての注意事項などの検証を行う予定だ。
「一つの店舗から始めるプログラム」は、最初にユニフォームと挨拶から始まる。以下は苦心作、新聞販売店イノベーション研究部会のプレゼン「一つの店舗から始めるプログラム」の全文を掲示します。ご意見ある方はドンドン連絡をしてください。この研究部会は参加される皆さんの知恵の上で成立していますので・・・宜しくお願いします。
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「挨拶」Wikipediaでは
人間同士が何らかの目的で顔を合わせる場合、すぐにその目的に関する話題を始めることはまずない。最初に互いの姿を確認した際、言葉や身振り、あるいはその両方で互いに相手の存在を認めたとわかる行動をする(目を合わせ、手を挙げる、「やあ」と言うなど)。さらに接近して話し始める際も、特定の動作や言葉で互いに話し始める。これらの一連の行動が挨拶である。