▼期待される不況効果
「祭りの日々の空虚な最後の残滓。子供じみた幽霊たちが、自分は生きているとの偽りを保持しようとしている。浮ついた声と焦りの見える頬から、仮面舞踏会の浅はかさが透けて見える」。スコット・フィッツジェラルドが1930年代の株式暴落後の不況を描いた、この文、余りにも今にフィットしていると思いませんか?
1930年は、世界的な規模でのダメージを与えたと同時に、一方、振り返ると次世代での成長の種が蒔かれ、機会が開かれた時とも考えられましょう。
現在の状況も見方によっては、逆風の中、20世紀のパラダイムとはまったく異なった発想やチャレンジが芽生えてきつつあるようにも思えます。
▼思慮深さと持続的な美の両立
例えばファッション。いまファッション業界では不況どころか大恐慌と言った方がよい状況。今年の2月に開催されたニューヨークファッションウィークでは、モデルの数を半減させたり、ショーの規模を小さくするなど、節約ぶりが目立ったとか。しかし、ファッションショーという手法自体いまや過去の残滓。ファッションの急落を救うパワーとはならないことが実感されています。
しかしこの不況は「ちょっと待って!なぜ私はこんなに沢山のものを必要としていたのだろうか?」と自省を顧客に促し、「より意識の高い消費の土壌を用意しつつあり、ファッションの顧客に、より思慮深くなる消費スタイルを普及させるのに役立っている」と言う意見も出ているとファッション専門家はレポートしています。(クーリエ9月号)
そしていま主張されているのは「少なく買うこと。上手に買うこと」によりファッションの美的感覚と持続可能なライフスタイルとの両立を図ることであるようです。
そうした中、今期待されているのが、M/エイムズという28歳のデザイナー。「今だけを興奮させるものではなく、時が経っても古びて見えない、長持ちする作品づくり」を目指したいと言うのが彼の主張だとか。
事実作品はあらゆる年代の女性が着られ、年代を重ねても着続けられる作品として人気が高いとのことです。
▼売らないクルマ作り
また自動車業界についても同様にいままでにはない発想が登場。その一例が英国の自動車メーカー「リバーシンプル」社の戦略でしょう。この会社は水素自動車を開発中ですが、話題を呼んでいるのは二つのビジネスモデルです。ひとつは「世界中の技術者やクルマ好きにクルマを継続的に再設計して貰い、使いやすくして欲しい」ために設計を無料で公開するオープンソースによるクルマ作りもうひとつは販売ではなくリースと言う事業モデルの採用です。
この会社では、従来の方式だと技術の参入障壁を高くし、アイディアの排除につながる、さらにはイノベーションの速度を落とすことになると考えているからです。
また経営形態も普通の株式会社と異なり、株主だけではなく、従業員、顧客、環境団体、近隣住民などに会社のあるべき方向について発言権を用意する有限責任者事業組合という方式を採用している点です。
▼モノづくり、モノ販売には正当な理由が必要
不況での安易な対策は、価格破壊や倹約ですが、これはダイエットの危険と同じです。
私たちが豊かさを実感するためには、ファッション、クルマ、家電、食など今あるモノを棄てることは不可能ですが、しかし、良い物は高いと言う当たり前を認め、その正当性を主張する、あるいは事業の目的に革新を求めるなどによりモノと暮らしの関わりを別の目線から見直そうとするこれら新進のデザイナーや柔軟な事業家の挑戦は次世代の成長を期待させる貴重な提案として私は評価したいと思います。
GMの再生は、かつての自動車文明、アメリカ型消費主義の再生を期待する向きも多いようですが、オバマ大統領の努力にも関わらず、過去への回帰は不可能なことが目に見えてきました。このことは大企業と言う概念の正当性の崩壊の始まりかもしれません。
ファッションで言えば、オバマ・ミシェルのドレスが新たなファッション時代の到来への予感をもたらしています。
いずれにしろいま求められているのは、拝金思想・・・C.シャネル曰く札びらを貼り付けたブランド・・・から離れ、ブランドの形骸化への反省と美しさの提示であり、モノの価値への新しい視線です。
また価格の高い・安いも再検討されるべきでしょう。安くても価値がなければゴミ。価格にはそれに見合う正当性がなくてはならないと考えます。
低価格が誰かの犠牲で成り立っているのであれば、それを正当とは呼べません。当然供給も不安定となりましょう。このことはあらゆる産業界に共通することではないでしょうか?
今夏は「異変」の多い夏でした。経済失速は底を打ったと政府は宣言していますが、消費は低迷、物価は下落。これらにリンクして雇用は最悪、価格競争はさらに激化とデフレスパイラルの実感でしょう。これを奇禍とするか、幸いとするか?マーケターの創造力が試されます。
鉄壁のカベも蟻の一穴から崩れ始めるのは歴史の示す通りです。「企業の寿命は30年」が通り相場。小さいが先鋭な「異変」が時代に風穴を開けるかもしれません。
*上記の情報は、「クーリエ9月号09」の記事を参照しました。