あまりに語り尽くされているので、今さら僕が語ることではないのかもしれませんし、もう公開から日も経っていますが、やはり邦画史に残る傑作映画だと思うので書きたいと思います。
言わずもがな、片渕須直監督『この世界の片隅に』についてです。
たった63館、声優の能年玲奈の事務所がらみの問題もありマスメディア露出はほぼゼロという状態でスタートしながらも、週末興業収入ランキングではついに12月1週目で4位に躍り出るなど、その規模と前評判からは想像できないほどの成功作品になっており、ウェブメディアから始まったその評価も、ついにテレビで取り上げるほどに。
と、まあこのように書くとわかりやすいシンデレラストーリーになり、「無名の監督の情熱が作り上げた奇蹟の映画の物語」的な、みんなが喜ぶお話ができるし、それは大きくは間違っていないのですが、しかし…。
突然ですが、僕が生まれて初めて映画館で映画を観たのはアニメ映画、大友克洋監修の『MEMORIES』でした。当時小学2年生、あまりに衝撃でした。見終わっても頭の中にあのアニメーションがぐるぐるとして、焦るやら恐ろしいやらワクワクするやらの入り交じったイメージが爆発して、夜寝られなかったのです。その原初体験故に、僕はあらゆる映像メディアのなかでアニメーションを最も敬愛しています。畏怖というべきか、絵が動くというのは、あらゆる感応の仲でもずば抜けて衝撃的なことだと思っています。おかげで、齢30を目前にしてなお、週に10本はアニメを追わずにはいられない。僕にとって、この20年間、絶えずアニメーションは止めることのできないドラッグでありました。
そのような視点から『この世界の片隅に』がなぜヒットしたのか、私見を書きたいと思います。これは恐らく、何かを作り、そして売るということの根幹に関わる話だと思うので、アニオタの戯言ではありますがおつきあいいただければ幸いです。
『この世界の片隅に』は、そもそも映画として傑作になる要素しかありませんでした。
まず第1に監督。世間的に監督の片渕須直という人は無名なのかもしれませんが、日本のアニメ史的には90年代ジブリの中枢を担い、本来であれば某魔女アニメの監督も務めるはずだったレジェンダリーな存在です。その他の監督作品も『名犬ラッシー』『アリーテ姫』『BLACK LAGOON』『マイマイ新子と千年の魔法』と強固な原作をアニメ化し、全て原作資料と真摯に向き合いながら、人物の情動に全てが結びつくかのように思えるムダのないコンテ、そして、画が描ける人にしかできない、画が動くことで作動する綿密な仕掛けの脚本で常に良作以上を生み出してきました。実は、アニメーターとして画が描けるわけでもなく、毎作ごとに評価も売上げも千差万別の新海誠(無論、かつて気合いの一人制作で話題を呼んだ『ほしのこえ』以来、その青臭くもどう転ぶかわからない不確定要素を見守り続けることが、多くの新海ファンの楽しみなのは言うまでもありません)よりも、作品のクオリティには間違いない信頼がある監督です。しかしながら興行的な成績はというと、『BLACK LAGOON』以外、世間の認知度からもわかるとおり芳しくはありませんでした。
第2に原作。『この世界の片隅に』の原作漫画を書いた、こうの史代も、マンガ好きなら知らない人はいません。2004年に『夕凪の街 桜の国』で文化庁メディア芸術祭大賞を受賞し、世界的にも評価されていますが、とにかく”マンガ”が上手い人です。捨てコマなし、すべてのコマが有機体のように情動を生み出す装置として機能し、キャラクターも心の奥底から愛おしさがわき出てくるような徹底的な造形が課せられます。強いプロットがなくとも、作中の登場人物は、まるでそこで生きているように動き出す、そんなマンガを描く人です。オリジナル作品オンリーの同人誌即売会「コミティア」でも頻繁に作品を発表し、インディーズの同人活動の星としてもその名前は響いています。当然『この世界の片隅に』も、絶賛された作品の一つですので、原作についてはすでに評価が定まった傑作だったと言えます。
第3に制作会社。『この世界の片隅に』のアニメーション作成を手がけたMAPPAは、監督である片渕須直も所属していた、手塚治虫の虫プロダクションの流れを汲むアニメ制作会社マッドハウスから、今敏や細田守の才能を見出した丸山正雄というプロデューサーが、齢70にして独立して2011年に設立した、まだ若いスタジオです。丸山正雄は、プロデューサーの名前が制作陣より前に立ってメディアに露出することを良しとしない人なので、知る人ぞ知る存在ですが、日本アニメ史においては最重要人物の一人、個人的には日本のアニメーションの屋台骨を支えてきた人だと思っています。彼の人脈において、MAPPAは設立依頼、週に1度のテレビアニメで抜群の作画クオリティを誇る作品を生み出し、まず信頼のおけるスタジオに育っていました。p少なくとも画の動きにおいて不満はないだろう」ということを確信できるスタジオなのです。
以上の3つの要素故、『この世界の片隅に』は間違いなく傑作になることは、わかりきっていました。多くのアニメ好きは「当然、良いものができるだろうな、売れないだろうけど」と捉えたに違いありません。
そう、多くのものごとと同じく「良いものが売れる」とは限らない、あたりまえのことですが、この世界にはそのシステムがすでにできあがってしまっています。
ではなぜ売れたのか。ここからが本題ですが、それはまた来週、年末のご挨拶とともに。