第7回 九十九里と越境の可能性

あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

先日、千葉県の九十九里へ、煮干の生産現場の取材に行ってきました。
館山などの内房地域には何度か行ったことがあるのですが、外房を訪れるのは初めての経験でした。

加工場は浜からほど近く、取材中も風は肌にピリピリと染みて、体温が芯から奪われます。
一度塩ゆでしたカタクチイワシを、海からの冷たい風で急速に冷やすことで、身の締まった煮干が出来あがるのだとか。
この厳しい潮風で育まれた煮干が、温い家庭の食卓でみそ汁になり家族に囲まれる。
食材には場の越境の物語が織り込まれているのだと感じました。

越境と言いましたが、単純な距離で言えば九十九里は東京からとても近いです。
東京駅から千葉東金道路を使えば所要時間は1時間をきり、本当にあっという間です。

そんな千葉のニュースですが、3月のJRのダイヤ改正で房総方面の特急が大幅削減されることが発表されました。
かつて、房総方面の特急といえば高速バス並みに本数が設定され、夏になると海水浴客を乗せた臨時列車が時刻表をいっぱいにしていた花形だったのですが、今回の改正では館山行きの特急が消滅するほどの衰退をみせています。
(ちなみに、東京駅の総武線快速地下ホーム開業までは両国が房総方面の優等列車の起点でした。両国も今ではただの通過駅ですが、立派な駅舎と広い構内に面影が見られます)

実際に高速道路を利用してみて思いましたが、房総方面への高速道路の優位性は圧倒的です。
値段も格安で、アクアラインや圏央道を有効に使える高速バスに、JRの特急が敗れ去るのは自明だったのでしょう。
何より、沿線人口の大幅減少で、鉄道路線の優等列車を維持するほどの需要がもはや維持できないのが決定打でした。

さて、これが千葉県の話だということは重要な論点だと僕は思います。
東京から70km圏内、少子高齢化による疲弊がこれほどまでに加速しているわけです。
地方のことだと思われがちな人口減少ですが、実質としては房総地区や多摩地区などの首都圏で生活に支障をきたすほど拡大しています。

煮干工場の社長にこのような言葉をいただきました。
「煮干を買う業者は多いけど、実際に生産現場まで取材に来るほど熱心なのはあなたたちくらいだ」と。

自分たちの食卓に並ぶものがどのような越境をしてきたのか、どのような人によって、どのような環境で作られたのか。
例えばそこに興味をもつだけで、その土地土地の文化と重要性が見えてこないでしょうか?
巨大なグローバル企業の提供する化学調味料の平板な味覚に頼らなくとも、昔から存在した土地土地の味覚リソースを最大限生かすことができるはずです。
豊かな食と味覚は、外国人、特に富裕層が増えるアジア諸国からの需要をもたらす可能性が潜んでいるはずですし、そこに土地土地の特色を喚起するヒントがあるでしょう。

疲弊した地方のアイデンティティをいかに確立し、目減りするリソースを最大限に活用して維持するか。
そのためには教科書で生産地を暗記するのとは全く違う、生きた知識が必要であるように思います。
その導入として、生活に密着した食への興味は、この国の平板化、くだけて言えば「つまらなくなる感じ」に抗うための武器であるように思います。

一泊二日の短い取材でしたが、自分の仕事の目的について、考えさせられるものでした。

煮干

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